夜の終わりー3ー
幹部連中より先に、さっきの雑兵が名簿を持ってきたんだが……。
状況は最悪だった。
いや、穀物は思ったほど捌けなかったのが、不幸中の幸いだったのかもしれない。しかし、それ以外の日用品や細々した給金、補助費を計算し直せば、戦費に回す余裕が出ない。医薬品や兵糧以外にも、予備の武具に補給線の維持、近隣住民の買収と情報収集等、戦争では金がかかるってのに……。
どっかの領土を掻っ攫うのは……、もう、無理、か。
どれだけ我慢すれば、もう一度持ち直せる?
いや、無理だ。
仲間意識を盾に生活を切り詰めさせたら、自立できる優秀な人材から逃散していく。
……戦費以前に、春の商売に失敗したり、伝染病が発生したり、そうした、軽度の問題でさえも今は致命的になる。
はっきり言って、再計算した備蓄量はぎりぎりもいいところだった。
信用取引は……難しいな。正当な国家の承認を俺達は受けていない。
金を増やす手段は……、手っ取り早くいくなら、もう、海賊するしかねぇか? 船の連中は、俺の戦闘能力や指揮力を意識して金を浪費して――。
いや、違う、か。
多分、全体をまとめる頭脳がないまま、エレオノーレの可哀想の一言にだけ反応して、奴隷を買い取る役職を掠め取ったキルクスの言うままに金を出し続けたんだ。殺して奪う覚悟は、鈍いような気がする。
なら……どうする?
「アーベル! そのっ!」
「帰れ」
ドクシアディスや調理班の代表を呼んだってのに、真っ先に駆けつけたのはエレオノーレだった。ノックも確認もしないまま、部屋に駆け込んできて、息が上がっているのか、怪しい呂律で話し続けている。
「違うの、その、お願い、聞いて」
どこか興奮状態――焦って頭の中が真っ白になっている状態だな――のエレオノーレは、俺の腕を掴んで必死で息を整えていた。
エレオノーレも利用されただけだ。キルクスが黒幕だ。そう、思うことにする。思うことで、怒りを別の場所に溜めておく。
怒鳴らずに冷めた目でエレオノーレを睨みつけ、声に熱を一切込めずに俺は言い放った。
「お前程度の頭で考える内容は、既に分かっていることで、改めて聞く必要は無い。邪魔だって言ってるんだ」
しかし、エレオノーレは口を閉ざさなかった。
「あの人達を仲間にしたのは――」
「分かった。俺が出て行く」
エレオノーレの腕を振り払い、椅子から立ち上がる。
「あ……大将」
タイミングを待っていたのか、それとも、エレオノーレに最初は自分がいくと言われて素直に従っていただけなのかは分からないが、カーテンをまくって部屋を出ると、すぐ横にドクシアディス達が待機していた。
軽く一瞥しただけで俺は歩を進める。
「お前は、もう少し頭を使えるやつだと思ったんだがな。今回の事態、俺は一切手を貸さない。お前等で処理しろ。貯蓄を戻せないってんなら、買い取った奴隷を売りに出せ」
「アーベル!」
エレオノーレの怒鳴る声が聞こえた。
肩越しに振り返れば、憎しみのこもった眼差しをぶつけられる。
言い返したいことは、山程あった。
でも、俺は歯を食いしばり――なにを言っても無駄だ。どうせ誰も理解しない――、努めて冷静を装い、ドクシアディスの胸に軽く拳をぶつける。
「いいな? これは命令だ。エレオノーレのする『お願い』じゃない。逆らうなら覚悟しろ」
階段に足をかける。
エレオノーレも、ドクシアディスも……誰も俺を追ってはこなかった。
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