夜の終わりー1ー

 ティアを拘束した翌日は、ごく軽い作業――食料に関する予算編成と、今回の航海での儲けの使い道についての素案――に留めた。船の連中がどこか浮き足立っているし――まあ、内部の問題でこうした騒ぎになったのは初か――、俺に怯えているのが露骨に分かったからだ。

 いちいち顔色を窺われてびくびくされてたんじゃ、会議も成り立たない。

 最後に、キルクスからの報告――どうも、ニッツァがティアの気鬱を紛らわせようと酒を飲ませ、それで味をしめられたってのがそもそもの発端のようだ――を受け、日も落ちたので、陸での野営を準備を命じた。

 次の港まであと一日の航海ではあるが、前方を警戒させるためにもキルクスを一番艦に戻しておきたかったし――ティアも一番艦へ移す。エレオノーレが、ティアに勝手な振る舞いをさせてしまったことを反省している今のうちに、ティアを隔離しておきたい――、輸送艦からの食料の再分配、戦闘で傷んだ船の応急処置、武防具の修理も必要だ。


 陸に人を降ろしてみると、随分と大きな集団になってきたと改めて思う。海岸線では、あちこちで炊煙が上がり、人がひしめき合っている。周囲を警戒する兵士に、雑用で乗せていた女衆、北東エーゲ諸島で買い入れた奴隷。

 これだけ人数が増えれば、確かに俺ひとりでは把握しきれないのかもしれない。

 しかし、危機感がまるで足りない連中に権力を分散するって言うのも、いまいち気が引けるんだよな。

 港湾都市イコラオスに戻る前に、なにか良い管理の案をまとめておかないと、な。

 ざっと辺りを見回すが、ティアの一件でなにか言ってくると思っていたエレオノーレは、近くにはいないようだった。……いや、女衆が俺から離れた位置に陣取っているのか。

 ……フン。

 まあ、いい。

 俺は、間違ったことなんて行っていない。


 適当に船から遠く、夜盗を警戒しやすい小高い丘の哨所にいると、夕食の準備が出来たのか木の器を持った女子供が陣内を走り回っているのが見えた。

 俺も適当に近くの焚き火の側へ行き、粥を受け取る。

 だが――。

 大麦の粥を持ってきた女に、ふと違和感を覚えた。改めて顔を見る。

「ん? 待て。お前誰だ?」

 亜麻色の髪、日に焼けているせいもあるだろうが赤銅色の肌はナイル流域の古代王国の構成民族のように見える。

 降ろした積荷の分、水夫として少なからぬアヱギーナ人を乗せはしたが、それなりに働ける男が中心であったし、女で――しかも、こんな特徴的なヤツを乗せた覚えは無い。

 てか、明らかに異邦人だろう。そんな指示を出した覚えはないし、許可も出していない。

 港湾都市イコラオスで水夫を雇った際や、北東エーゲ諸島で奴隷を買い上げた際に上がってきている名簿には、そんな異国風の名前の人間は居ない。偽名を使ったのかもしれないが、労働の関係上、その特徴も名簿には明記しているのでそれを俺が見落としていたとは考えられなかった。

 女は、答えなかった。

 怯えた目で俺を見て――、助けを求めるように周囲に視線を巡らせている。

「い、いやだなぁ、大将。ほら、あの――」

 横でごちゃごちゃ抜かす雑兵を無視して、剣を抜き、首に刃を突きつける。

「どこで乗ってきた?」

 ティアの一件が噂になっているんだろう。女は抵抗せずに両手を挙げた。しかし、口は割らない。もしかして、ヘレネスの言葉を理解できないのか?

 近くの兵士へと視線を変える。露骨に怯えた目を返されてしまった。


「貴様等、なにを隠している?」

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