Miaplacidusー8ー
「一日だけ、僕にくれませんか?」
ドクシアディスが、露骨に不満そうにしながらも反論が出来ていないのを重くみてか、キルクスが口を挟んできた。
テッサロニケーまではあと二日。
一日の猶予の意図を質すようにキルクスと向き合う。
「こちらの船ではすることがありませんので、尋問を担当しますよ」
どこか軽い調子で答えるキルクスは、真意までは明らかにするつもりは無いらしい。コイツはコイツで悪い部分だけが前面に出て来ているな。
「無罪だと証明したいのか?」
呆れを隠さずに訊ねると、まさか、と、キルクスは大袈裟に首を振って見せた後、ドクシアディスに目配せをした。
「罪は罪ですが、それを上回る利益をもたらせるなら話は別でしょう? それに、盗み食いだけなのか、それとも、もっと大きな陰謀の一端なのかも明らかにさせる必要があります」
キルクスの言うことは、確かに正論だ。
だが、なにかがずっと引っ掛かっている。
ドクシアディスや船員の態度もそうだが、同情だけで問題を起こした人間をこれだけ庇うんだろうか?
船旅では――いや、それに限らずだが、食料の管理は重要だ。補給の難しい冬場なら、尚更。余裕を見ているとはいえ、補給をするには港を探す必要があり、位置関係が悪く食料が尽きる状況によっては餓死者も出る。
「お前等の目的はなんだ?」
直截に訊くのは、あまり良い手段じゃないと分かっているものの、反応から陰謀の有無だけでもあたりをつけようと、俺は唐突に二人に訊ねてみた。
……やっぱり、隠し事があるんだな。
分かりやすい反応じゃなかったが、なにも無いときの態度じゃない。
鋭く二人を睨みつける。
ドクシアディスは焦りがあるようだったが、口が達者なキルクスが居るせいか、沈黙を守るだけの冷静さは残っているようだった。キルクスは――。
「強いて言うなら、アーベル様を守るためですよ」
フン、と、ご大層な台詞を鼻で笑うがキルクスは真面目な顔で続けた。
「人が増えました。ですが、大半は普通の人なんです。アーベル様の考えていることを、語られる少しの言葉から理解できる人は多くありません」
まあ、俺の機嫌を取るためのおべっかも混ざっているとは思うが、言っていることは分からなくもない。船のルールを前もって決めていたので、有事でも対応できるが、基本的には決められたことに従っているだけで、自分で考えて工夫をする連中ではない。
飯が食えて、適当に仲間内で駄弁っていればそれで満足な、野心もなにもあったものじゃないような小物ばっかり。そんな人生になんの意味や価値があるってんだ。
しかし、納得しかけていた俺を、キルクスが最後に付け加えた一言が冷静にさせた。
「誰も彼もが、アーベル様のようになれるわけじゃありませんから」
ティアが、錯乱していたときに言っていた台詞と似ている?
……もしかしなくても、船内での権力争いのようなものが起きつつあるのかもしれない。ティアは、誰かに利用された? エレオノーレが、この騒ぎを聞きつけてここに来ないのはなぜだ?
……ッチ。
どうにも根が深い問題みたいだな。
「ティアはキルクスに任せる。明日の夜は、陸で野営、後方の輸送艦から食料や傷んだ武器の補充を行い、明後日にテッサロニケーへ入港する。ニッツァは、職はそのままだが、ワインと食料の不足分を請求。そして、積み荷の管理を厳重にしろ。以上だ」
詰めていた息を二人が吐いたのがわかった。
そして、俺も二人とは別種の長い息を吐く。
港湾都市イコラオスに戻ったら、船内法の改定や政治的な機関の再編が急務だな……。
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