Miaplacidusー5ー
「……あれ?」
状況が落ち着いてきた昼食後。口寂しいって言うか、味気ない食事でいまひとつ腹が足りていない感じがするので、寝る前に適当に干果物でも齧ろうかと船倉に下りていくと、調理班の水夫の呟きが聞こえて来た。
「どうした?」
「あ……。いや、その。……いえ。はい」
俺が訊き返すと、水夫は目が合った後、挙動不審になった。
ただ怯えられてるだけなのかと最初は思ったが、叱りつける前に別の可能性が思い当たった。コイツもしや……。
「……俺が食った分は、きちんと帳簿につけてるし、その分、給金も差し引いてるぞ?」
疑われるのは心外だが、まあ、疑われても仕方が無いことは自覚している。
仕事で仕入れに同行していることもあり、個人的な買い物をする機会も出来る場所も少ないので――まあ、初期はラケルデモンでの風習もあって適当にくすねたりもしていたが、ドクシアディスに諫められた――、今ではきちんと帳簿をつけて倉庫の物を買う形にしていた。
「あ、いえ。はい! 大将は、そういうのしっかりされますよね」
へへへ、と、愛想笑いを浮べる水夫に、で? と、首をかしげて見せた後、最初の質問に立ち返った。
「なにが『あ』なんだ?」
水夫は、気まずそうに視線をさまよわせた後――なにか隠しているのか? ――、出来れば言いたくない、もしくは、隠しておきたいといった調子で、モゴモゴと……。
「その……。ワインの残量が――」
「合わんのか? どの位だ……って、丸一日分違ってるのか?」
羊皮紙の記録と瓶の在庫を照らし合わせてみると、瓶二つ分が不足している計算になる。いや、それ以外にも、食料在庫が若干目減りしているようにも見えるが、そっちは寄港後に積み出してみないと判断が難しい。
え、ええと、とか、あんまり意味の無い言葉を口にしていた水夫だったが、最後には覚悟を決めたようにうなだれ、大きく頭を下げてきた。
「はい。すみません」
「いや、まあ、管理上の問題は、後できちんと対策と合わせて報告しろ。しかし、ワイン、か……」
正直、多少なら盗み飲んでも仕方が無い品ではある。重労働の漕ぎ手には優先的に配給しているが、過度に偏重してはそれ以外の部署からの不満も出る。特に冬場の今は、果物の代わりとしても――干果物も、ダメではないがあくまで干物だしな――、暖をとる目的でも、重要な物資だ。
なので、俺も大目に見ておきたいところではあるが……。
「見た感じ、食料在庫も合わなそうなのが気になるな」
穀類は日持ちするが、全く痛まないというわけでもない。カビの発生による破棄や、調理ミス等による若干のズレは出て来てしまうモノだし。帳簿も、記入するヤツによって数字が変わってきたりもする。雑なヤツに任せないようにしてはいるが、人手不足なのは相変わらずだしな。戦闘に前後した臨時の編成では、かなり誤差が出る。
「なにか心当たりはあるのか?」
「いえ……」
口では否定しているものの、水夫の視線や指先が漫ろになっている。
そんな反応は、なにか心当たりがあるといっているようなものだった。ある程度の役職のヤツが盗み食いしているのか?
「……まあいい。近日中に在庫量を訂正して報告するように、お前等の班長に伝えておけ」
空腹は、もうあまり気にならなくなっていたので、その指示だけを出して船倉から俺は出た。
安心したように、詰めていた息を吐く音が背後から聞こえてくる。
……フン。
元々、人任せは好きじゃない。何事においても、俺以上に上手くやれる人間が、ここに居るとも思っていない。
右手を腰にあて、前髪をかきある。
眠気は、臨戦態勢に入りつつある身体が吹き飛ばしていた。
俺自身の手で確かめてやる。
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