Miaplacidusー4ー

 空が白み始めた。

 もう少しで、気の休まらなかった交戦後の最初の夜が明ける。

 結局、水夫の側ももう一度戦うのはごめんだったらしく、夜通し船を漕ぎ続け、半島までは、あと半日の距離まで迫っていた。

 今の所、まだ敵影は捕捉出来ていない。尤も、夜が完全に開けて視界が広がった時はどうなるか分からないが。

 案外、付かず離れずの位置にいたりなんかしてな。まあ、それだと万事休す。ひたすらに抵抗を命じる以外に、打つ手が無いわけだが。


 視界が広がるにつれ、もしかして遊撃隊じゃなかったんじゃないか、という疑念も頭に浮かんでくる。敵の気配が、周囲に無い。

 でも、だったらなんの目的であんな場所をうろついていたんだ?


 ……アテーナイヱのアクロポリスから離れた都市は、中央に反感を抱きつつある。それは、入手できた情報だ。

 外交によって、植民都市の離反を唆している可能性もあるか? 確かに今のラケルデモンは正面から敵と戦うことを第一としているが、過去においては都市や敵将の調略によって勝利を得た戦いも多い。戦線の膠着を打開しようとした古参の将軍の作戦かも。

 いや、逆に主戦域以外の後方で騒ぎを起こすことで、兵力の分散を狙っているのかもしれない。航路を脅かせば、商業に支障が出る。つまるところ、アテーナイヱの強さとは、経済力であり、それを封じることで終戦を早める工作とか。

 ……敵を生け捕れなかったのは失敗だったな。

 簡単に口を割るとも思えないが、それでも会話から少しは情報を得られたはずだ。


 分からないことだらけの状況が面白くない。

 しかも、その少ない情報の中から、最善の一手を選び続けなければいけないのだ。この小さな集団が、終わらないようにするためには。


「大将」

 ドクシアディスに呼ばれて振り返る。

 ドクシアディスの顔は、いつもと同じだ。指示を出せる人間がいない時間をなくしたかったので、ドクシアディスは普通に夜は休ませていた。やや臆病というか、肝の小さい部分もあるので、ちゃんと休んだか不安なところもあったが、気力体力とも充実しているように見える。

「キルクスは寝たのか?」

「ああ、仮眠してるよ。大将も、今のうちに休んでおくか?」

 軽く目を閉じてみる。眠気はあるが、まだ大丈夫だ。身体の動きや判断力も、もうしばらくは持つ。

「……いや。俺は昼になってからで良い」

 ドクシアディスはそれ以上休息を勧めては来なかったものの、少し難しい顔をして――。

「水夫の休息はどうする?」

 と、訊いてきた。

 即断し難いな。確かに、夜通し移動して距離も稼いだし、疲労も蓄積されて入るんだろうが……。日中に停船して休息させた場合、充分な予備戦力の無い俺達は、臨戦態勢をとるまでに時間が掛かる。先に敵を発見したとしても、先制を許してしまう可能性が非情に高い。

「漕ぎ手の様子はどんな感じだ?」

「交代しながら漕いでたし、まだ保つともいえるが……」

 まあ、通常の三交代制を四交代制に変え、船足が落ちればすぐにローテーションさせていたので、動けない状況でもないんだろう。

 問題は……。

「敵が来た際に、すぐに兵士になるかって部分で不安がある、か」

 ドクシアディスは無言で頷いた。

 一度船を止め、大休止の後、日が暮れる前に再出発するか、それとも、正午まで進ませてから、翌朝までの休息にするか……。

 正直、威嚇の効果があるので、兵士を甲板に並べて置いた方が良いのは事実だ。しかし、その程度でラケルデモンの人間が襲撃を躊躇わないのはわかっているし、こちらの兵士は弱卒だ。戦えばすぐにそれに気付かれる。

 なら、無駄な武装をさせとくより、船足を意識したほうが効率的だと思うが……。

 いや、敵の数にもよるか。それに、ラケルデモン以外にも、アテーナイヱの海軍力が減少している今、海賊の危険性もあるんだし……。

「昼飯までは働かせとけ。それから、翌朝まで休憩だ」

 正直、この判断が正しいのか自信は無かった。

 ただ、戦った場所から離れれば離れるほど再補足は難しくなることから、ギリギリまで行動してから長めに休ませるのが、正解のような気がしていた。



 結局、昼を過ぎても敵が見えず、船の連中は疲労もあってか、気が抜け始めていたので、不安もあったがそのままこの海域で一晩の休息をとることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る