Miaplacidusー3ー
船室へと向かう四人を見送り、キルクスに話を聞こうと思っていると――。
背後のどよめきに振り返る。敵艦を見つけたのかと緊張した俺だったが、甲板の兵士や水夫は、ティアの方へと視線を向けている。
どうも、女がなにか懐から取り出したらしいな。腹がそれなりに引っ込んでいて、胸が余計に強調されている。腹回りはニッツァの三分の一ぐらいなのに、胸周りだけは同じぐらいに見える。
ハン、と、鼻で笑って肩を竦めるが、どうもキルクスもドクシアディスもティアに興味があるようだな。
「アイツは美人なのか?」
さっき船で回収した品や、ピタゴラス教団について訊く前に、ついでとしての質問だったんだが、唖然とした顔を返された。
「その、アーベル様は、どういう基準で女性を美しいと感じていらっしゃるのですか?」
訊き返されてしまい、つい、視線がエレオノーレの方へと向かってしまった。真夜中に、真っ直ぐに見詰めあった顔が、どこか懐かしく思い起こされ――。
「ああ、成程。……そうでしたよね」
キルクスの声に表情を引き締めなおす。
誤解だし、訳知り顔も気に食わなかったが、言い返せば面倒なだけなので、溜息だけで流して、ティアの取り出したものの方へと視線を向ける。
武器……じゃないな。金やそうした物でもなく、褐色の……羊皮紙の束? 本、だな。内容までは分からないし、大事に抱えているところから見るに、教団関連の何かもしくは船の航海日誌とか、そうした記録だろう。
教団の秘事に関するモノなら、金になる。なにかの記録用紙だったとしても、書かれている内容は、女の口から出てくるいまひとつ曖昧な言葉ではなく、はっきりした文章だろうし情報収集・分析の足しになる。
ティアの対応は、まずは、アレを取り上げる適当な理由を探すことからはじめるか。
あまり成果が期待できる人選でもなかったが、消去法の結果としてドクシアディスを呼ぶ。
「ドクシアディス、女衆と渡りをつけて、アイツの聞き取りを進めさせろ。ヤツの船の目的地、仲間の規模、積んでいた品についてもな」
どうして自分が、とでも言いたそうな顔をしたドクシアディスだったが、俺とキルクスの顔を交互に見て、自分以外に任せられないと判断したのか、最後には渋々頷いて船室へと向かっていった。
「それでどうします?」
「まずは、マケドニコーバシオの領域に入りたいな。俺達と友好的というわけではないが、ラケルデモンとは敵対中の外港都市ダトゥもあるし、半島の位置まで北上すれば追撃の可能性はかなり下がる」
あの女の処置はひとまずは後回し、と、示すと、そこに関してはキルクスも同意見だったのか、素直に頷かれた。
「もし――。あの麦の穂が毒の苗床だったとして、あの女が俺達の食料に混ぜた場合どうなる?」
「隠して持ち込める程度の量なら、大事には至らないはずですよ。手足に焼かれるような感覚が出る程度ではないかと」
ふ、む。
「調べるのは、お前の船に戻らないと厳しいか?」
キルクスは、苦笑いで首をゆっくりと横に振った。
「出来れば、町までの課題にしてくださいよ。薬師にも見せないと」
「まあ、お前を一番艦に移送するのにもひと手間掛かるしな、しばらくは、ラケルデモンに警戒しつつ、最速で北上する以外に手は無いか」
だらだらと怠けているようにも感じるキルクスの言動は気に入らなかったが、これ以上話していてもなにかが変わるとは思えなかった。
戦闘準備をさせておくよりも、兵士も漕ぎ手として働かせ、通常三交代のところを四交代とし、日が落ちてからも出来る限り進むように指示を出す。
「僕はどうします?」
子供じゃないんだから、自分で考えろ、とも言いたかったが、護衛の数名しか指示を出せる人間がいない以上、ここでのキルクスは正直タダのお荷物でもある。
「ドクシアディスの手伝いでもしてろ。さっきの戦闘もあるし、こっちの連中も大分警戒を解いてるはずだろうからな」
そうですね、と、どこか気安い調子でキルクスも船室へと降りていく。
俺は、ふ――、と、長い溜息を吐いてしまった。
久しぶりに見たな、ラケルデモンの人間を。
ちょっと懐かしい気持ちがした。
でも、戦って殺した。
いや、それが普通なんだ。あの国の中であっても、鉢合わせれば刃を交えることの方が多い。
胸に去来する複雑な思いと虚無感を振り払い、俺は周囲の海を睨みつけた。
感傷に浸る暇は無い。
負けるわけにはいかないから。
こんなところでは。
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