Miaplacidusー2ー
「おい、ティオフィロス」
とりあえずの聞き取りを終えようと呼びつけると、どこか困ったような顔で言い返された。
「すみません。ティアと呼んで頂いてもよろしいでしょうか?」
拾って貰った分際で口答えされたのは気に障ったが、まあ、名前なんぞどっちでもいいので素直に従ってやる。
「ティア、俺達はマケドニコーバシオの港へと向かっている。お前の目的地は?」
「どこでも……」
しょげた顔で呟いたティア。
ああん? と、曖昧な受け答えに眉間に皺を寄せると、キルクスが「船が沈んで行く当てが無いのでは?」と、横から補足してきた。
そうなのか? と、訊く前に、船の状況が安定したのか、ドクシアディスが割り込んできた。
「察してやれよ、大将。仲間が死んでんだぞ」
ッチ。めんどくせえなぁ。
仲間が死んだなら、尚の事、今後の身のふりを考える必要があると思うんだが。
「おい! ティア。マケドニコーバシオへは送る。その後は自分で考えろ。ドクシアディス、コイツは軟禁して船の運航に関わらせるな」
ラケルデモン遊撃隊との遭遇戦に備えようと、尋問を終える命令を出すと、ドクシアディスには目を丸くされた。
「軟禁? 仲間に迎えるんじゃないのか?」
「なんでだ?」
所属もなにもかもが怪しい女を船に載せる意味があるとは、俺には到底思えなかった。半島まで辿りつき、陸を臨みながらの航海に入ったら、もう一度尋問して教団とやらの情報を吐かせ、あとはどっかの港で適当に降ろすつもりだった。
他の連中もそうだと思っていたんだが……。
「いや。これまでは、買い入れた奴隷を仲間にしてきたんだし――」
うん?
額に手を当てて、少し考えてみるが、どういう理屈なのか理解できなかった。
奴隷は、買い取った以上、所有権が俺達に移っていて、俺達の方策として奴隷階級を置いていないので、構成員として適性に応じて仕事をさせている。この女は戦利品かもしれないが、別に、奴隷でもなんでもないし、そもそもが俺達と関係のないヤツだ。必要な人材というわけでもない。ドクシアディスが、仲間にすると判断していた基準はいったい?
「確かに、奴隷を買い取る際には事前に完璧な身辺調査が出来ているわけじゃないが、ソレはなんの係わり合いの無い他人だろ? 助ける義理はないし、たいして働けそうにもないだろ、そんな感じじゃ。置いとく意味あるか?」
ドクシアディスは頭を抱えた後、キルクスに意味ありげな視線を送った。が、キルクスも困ったような顔で苦笑いを浮べただけだった。
なんだ?
そして、キルクスが苦笑いを浮べたのが合図だったかのようにエレオノーレが……呼んでもいないのに近付いてきた。
「ティアさんも、私達と一緒に来ませんか?」
エレオノーレは、俺を無視して女に向き合っている。
ただ、ティアはどちらかといえば戸惑ったような表情を浮べていた。
「ええと。そのアナタ方は、マケドニコーバシオの?」
勧誘したのはエレオノーレなんだから俺に訊くな、と言いたいところだったが、正直、俺自身、自分達について上手く説明できないことに気付いた。
国家には属していない。俺が組織した軍閥ではあると思うが、特になにか自分たちを呼称するモノはない。
ふむ……。
「いや、国には属していない。独立した武装商船隊だ」
「海賊⁉」
ティアが身を強張らせ、エレオノーレが俺に向かって膨れっ面を突き出した。
「もう、それでいいから。こっから逃げる為に海にでも飛び込め」
いい加減めんどくさくなったので、適当にそう言えば、エレオノーレがまた騒ぎ出した。
「違う! 違いますよ、ティアさん。私達は、商売しながら世界を回っているんですけど、皆、国が無い人で、それで、助け合って生きて行こうってしてるだけなんです」
エレオノーレの言は、尚更いかがわしく聞こえるのは俺だけなんだろうか? 奴隷商人とかが難民相手に言いそうな台詞だ。上手い話には裏があるってな。
それに、確かにそうした側面もあるにはあるが……俺としては、その部分は過程というか、人を動かすために必要だからしているだけで、絶対服従の兵隊だけが手に入るすべがあるなら、そっちの方が嬉しいんだがな。
やはりというか、エレオノーレの顔をまじまじと見て、どこか疑っている様子のティア。
警戒は、解けていないらしい。
エレオノーレも、その程度の事は察せられたのか、苦笑いでこの場での勧誘を諦め、船室の方を指差して言った。
「少し休みますか? 大変だったでしょう? 落ち着きながら、ゆっくりこちらの事もお話しますね」
ま、拾っちまったんだし、こうなるかな、と予想はしていた。
だから、溜息だけで済ませられたが、いきなり自由させるつもりもなかった。
「おい! 詳しい聞き取りも終わってねぇんだ。見張りはつけとけよ」
エレオノーレたちの背中に命じると、不満そうな視線が返って来た。
バカか? お前等は、と、肩を竦めてみせる。
「問題が起きた場合の責任は?」
責任を取れないことを自覚しているのか、まずエレオノーレとチビは黙った。しかし、ドクシアディスに命じて付けていたエレオノーレの目付けが余計なことを言ってきあがった。
「アタシが負うよ」
鼻息も荒く言い切ったニッツァ。
女衆のリーダーのコイツなら、金銭的な意味でも責任を負える立場にいる。保険が用意できるなら、まあ、泳がせて見るのも手ではあるな。
「好きにしろ。ただし、言葉に責任は取れよ」
フン、と、鼻で笑って俺は下がった。
甘っちょろいお遊びに、いつまでも付き合っているわけには行かない。
今後の調査の結果、役に立つようなら上手く女衆を使って懐柔すればいいし、無能なら状況次第、疑わしい状況の場合はどさくさにまぎれて殺して捨てる。
ま、キルクスに渡している麦の穂を上手く使えば、殺すのも船から放り出すのもそう難しい話じゃないだろう。毒のある品らしいって事だしな。もし毒じゃなかったとしても、証拠はこちらの手にある。捏造もできなくはないだろ。キルクスなら、取り引き次第で口裏を合わせてくれるだろうし。
いずれにしても、最良の選択は様子見か。
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