Canopusー14ー
「もう一隻は?」
戦っていた船が沈んだのを確認してから改めて視線を巡らすと、国籍不明船を襲っていた敵は、はるか遠くに逃れていた。いや、逃げたというよりは、遊撃隊の本隊に報告にいったんだろうな。予想外の反撃を受けて、戦力を整えてから再度攻撃してくるつもりだろう。
敵の本隊の位置が分からないのでなんとも言えないが、早めにこの場を離れるに越したことはない。
「手当てを」
そう近付いて来たのはこの船の医者だろう。まあ、腕の怪我はたいしたことないが、額の怪我は――頭の傷はそういうものだが――血が中々止まらないのが、うざったくなってきたところだったので、素直に手当てを受けながらキルクスと話を続ける。
しかし、帰りの航路に関する話をしようとした俺に対してキルクスが切り出してきたのは……。
「漕ぎ手は、その……」
キルクスの言いたいことは分かるが、不用意に救助を行うわけにも行かなかった。尤も、キルクスも分かっているので、そんな弱気な訊き方になっているんだろう。
分かっていることを合えて口にするな、と、眉間に皺を寄せながら俺は答えた。
「ラケルデモン人以外だろうな。だが、船室に閉じ込められて使われているんだろ? 諦めろ……。ここは、無理をして良い場面じゃない。分かるな?」
間違ってラケルデモン人を引き上げる可能性もある――というより、厳密に選別しての救助は不可能だ。海に浮かんでいる連中はラケルデモンの兵士だろうし、奴等は……きっと、懐柔されない。たったひとりでも抵抗する。
そして、俺達は、そのひとりを殺すのにそれなりの犠牲を払うことになる。
損得の計算が合わない。
それに、浮かんでいる連中の処理を終えて、その時まで沈んだ船の船室に生存者がいるとは、とても思えなかった。
エレオノーレを船室に閉じ込めて置いてよかったな、と、改めて思う。ラケルデモン人を嫌悪しているとはいえ、こういう見殺しにする場面でどういう行動を取るのか予想がつかない。
アイツの耳に入れないように口止めしておくか? いや、意味が無いな。事実からそれに気付く程度の頭は、今は持っているだろうし、コイツ等も素直に俺の緘口令に従うか疑問だ。
「ええ……」
キルクスが暗い顔をする理由がなんなのかまでは推察できないが――単純な善意や、好感を得ることを狙っている、という理由だけでは、いまいちしっくり来ない――、俺の命令に逆らう気は無さそうなので、追求はせずにするべきことを命じた。
「ここの責任者は俺だ。アヱギーナ人連中には俺から言う。お前は、まずは被害をまとめろ」
キルクスが兵站の管理をはじめるのを確認し、丁度良いタイミングで――戦闘が終了したのを見て、近付いてきた二番艦に戻ろうとしたところ、逆にドクシアディスの方がこちらに乗り込んできた。
「どうする?」
訊かれるだろうなとは思っていたが、実際に訊かれると面倒というか答えるのがしんどいだけの話題に――キルクスと話したばっかりだったし、同じ話を二度するのは苦痛だ――、批判されるのが分かっていても不機嫌に返してしまった。
「ここで潜って探すのか? 止めとけ、ラケルデモンの生き残りの死に花を咲かせるのを手伝うようなもんだ」
ドクシアディスは、やはり苦い顔をしている。
その不景気な面を見てから、ふ――、と、長い溜息を吐く。
今回、アヱギーナ人に被害は出ていない。なので、そこまでして成果を出す必要があるとは俺は思っていない。だが、コイツ等の感情論がどうなのか俺はいまいち掴みきれていない。
「抑さえられんか?」
船のアヱギーナの連中を、と付けなかったのは、エレオノーレの事もあったからだが、ドクシアディスは意外なほどすんなりと首を横に振って答えた。
「いや、分かってるよ。戦いの経過も船の状況も見てたしな」
じゃあ、なにしに一番艦に乗り込んできた? と、訊こうと眉間に皺を寄せた時、まるでそれを待っていたかのようなタイミングでドクシアディスが言葉を継いだ。
「もしかしたら。大将なら。……そういう意見もあるんだよ」
ハン、と、バカにするように鼻を鳴らしてから肩を竦めてみせる。
自分に出来やしないことを、他人に期待するだけって何様のつもりだ? しかも、損得を考えれば――兵士に出来るアヱギーナ人を救助できる確率から、ラケルデモン人による救助部隊への被害予想を引く――、大損になる可能性が極めて高いってのに。
ドクシアディスは、そんな俺の態度まで予想していたのか――でも、それでも訊かなきゃいけない立場にいるってことなんだろうが――、肩を落とし哀愁を漂わせていた。
……なんというか。いや、気苦労が分からなくも無いが、どこか喜劇的だよな。空回っている感じが。
こういう時。コイツも、面倒見の良いまとめ役ではなく、冷徹な指揮官になればいいのに、と思う。ちなみに、なぜ下からの突き上げに――無茶な要求も含めて――素直に従っているのか、俺には理解に苦しむ。……ので、助言のしようが無い。
性格の問題なんだろう。
「しかし、まあ、手ぶらってのも気が引けるよな?」
ドクシアディスをフォローしようと思ったわけじゃない。単純に、リスクの少ない獲物があったので、それに興味を引かれただけ。
「は? ああ……。って、大将。まさか……」
一拍後になにを言われるのか気づいたドクシアディスが、近くにある沈みかけの国籍不明船へと視線を向けた。
甲板に人がいるようには見えない。死体はたっぷりとありそうだが、置き去りにされた兵士がいるような気配も無い。
キルクスの方に向かって、軽く手を挙げ、目の前の国籍不明船を指さす。キルクスは、すぐに逃げると思っていたのか、多少呆れた顔をしていたが、それでも素直に船の針路を微調整して進ませ始めた。
ドクシアディスに視線を戻して続ける。
「横取りとも言えないかも知れないだろ。どこの船だか分からないが、生存者がいるかもしれないんだし、なにか情報を持っているかもしれない。まあ、積荷があって人がいないなら、それを頂くのもやぶさかじゃないが」
俺としては一番最後の状況が望ましいが、他国の商人が手に入るなら、新たな知識と技術を元に動きの幅が広がるので構わないし、もし敵が残っているなら――まあ、人の気配を感じられないことからも、いても数名だろうし、それなら俺でなんとかなる。もし上手く敵を生け捕りに出来れば、適当に拷問して情報を吐かせられるかもしれないしな。
リスクは少ないと判断する。
「強欲だな。怪我してるってのに」
腰に手を当て、呆れた表情をしたドクシアディス。
その顔面ギリギリに拳を突き出し、口の端に皮肉を乗せて、安く――弱いなんて――見るな、と、酷薄な目を向ける。
「この程度は怪我とは言わない。それに、無欲は美徳でもないしな。無駄にするよりいいだろ? 沈めばただの魚の餌だ」
ドクシアディスが口を閉ざすのを見届けてから、甲板の水夫全員に聞こえるような声で俺は言った。
「キルクス! 腕に覚えのあるやつだけを集めろ。アレに乗り移るぞ! 手早くな。ぐずぐずすれば大勢連れてこられる!」
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