Canopusー12ー

 飛び移ると、キルクスの声が響いていた。

「盾で守るんだ。槍はいらない。一列目の盾の隙間に二列目の盾を押し出すんだ。無理に戦わないで、追い落とすことに集中――」

「気のない号令は止せ。俺が出るぞ」

 キルクスの肩を掴んで一歩分引かせ、戦列最後尾から前に出られる隙間を探す。


 ラケルデモン人相手なので、敵の中央へは飛び移らずに、用心して味方が保持している場所――船の中央付近に乗り込んだんだが……。どうにも地の利があるはずのコッチが押し込まれているな。艦首を突き入れた際に伝って来た連中なんだろうが、たった五名の敵に船の三分の一を制圧されていた。

 死傷者数は……把握できんな。見た感じ、敵の近くに数人の死体があるが……いや、まだ生きてるのか?


「最強の援軍が来た! もう少しだけ、少しだけ耐えればいい!」

 キルクスの声に、味方の士気が上がったのを感じた。盾を持つ位置が上がっている。しかし、槍を本当に捨てているのはどうかと思うがな。後ろから石を投げた程度じゃ追い落とせはしないだろうに。

 壁役に徹することで時間を稼ぐ。はなから俺が手伝う前提の作戦か。

 他力本願なのが気に食わないが、まあいい。ヤるだけだ。


 キルクスの声で士気に差が生じたのか、若干乱れた味方を踏み台にして、大上段から敵へと斬りかかる。

 正面で、コチラの戦列の盾を槍でがむしゃらに突き崩そうとしていたひとりが、槍の穂先を俺の剣に合わせてきたが、力任せにそれごと叩き潰す。

 槍の柄の圧し折れる音、そして――兜を砕くまではいかないものの、大きくへこませた手応えと振動が剣を震わせた。

 俺の全力で振り下ろした一撃が敵の頭に当たってはいたが、ひしゃげた兜の下で息をしているのかどうなのかよく分からなかったので、そのまま海の方へと蹴り落とした。残りの敵は四人、か。

 良くは無いな。

 三日月盾に槍を持った軽装歩兵だが、多分、船での戦い用に武装を減らした常備軍の連中だろう。


 槍の穂先の近くを持って右手を奥に沿えた兵士が、浅く突きかかって来る。剣で捌くと同時に、右足を振り上げて蹴りの態勢に入るが、俺の姿勢変化を見極めた敵の一人が投槍してきた。

 頭狙い。

 上体を若干後方へ傾げつつ、顔を逸らして受け流す。

 蹴りは避けられていたが、振り抜いた足の反動を使って身体の向きを変え、向かって右側のひとりに左腕の盾で殴りかかる。盾の重さのせいか、難なく避けられた。

 さっき槍を投げた敵が、俺とアテーナイヱ兵の間に割って入っていた。三方を囲まれ、背後は海だ。正面に二人、左右に一人ずつ。

 戦い慣れてるな。上手く連携している。


 横目で船の位置を確認するが、もう一隻の敵は戦闘に参加する気は無いようで、不明艦に横付けしてそのまま動いていない。そして、衝角攻撃を行った敵艦からは既に充分に離れているようだった。位置的に考えて、ドクシアディスの方へと向かったわけじゃないな。一回転して、この船に再度乗り移るつもりだろう。

 そんなに時間の余裕は無い……か。

 顔の位置を変えずに目だけで、今度は敵の配置を確認する。

 俺が壁役の味方に合流する、そう読んでいるのが、正面の二人の足運びから分かった。

 ふん、と、安易な予想を鼻で笑い、俺から見て右手側。もっとも船首に近い位置の敵に唐突に突きかかった。集団戦の弱点は、心構えの出来ていないヤツだ。そこを突かれると、意外とすんなり群れが瓦解する。

 準備動作をしていないので、一歩目の浅い踏み込みから、爪先に強く力を入れて地面を引っ掻き、二歩目で体重を乗せる。素早い一撃ではない。が、敵の対応は、上手く虚を衝けたのか、俺よりも遅かった。

 持ち上げられた左腕に括りつけてある三日月盾と、反射的に曲げられた肘、槍の柄、それらの僅かな隙間。針を通すような隙間を、切っ先に体重を掛けて貫通させる。

 皮膚と僅かな脂肪の層を貫く弾力の後、すんなりと刃が滑り込んでいった。

 俺の長剣は、二つの鎖骨の間、喉のすぐ下を貫いていた。

 固い手応えは無い。骨は外したようだ。

 敵の口から、血が零れる。

 吐き掛けられるのを避けるためと、この隙を衝かれない様にするため、すぐに残りの三人に向かい合おうとするが――。振り抜こうとした剣がやけに重い。抜く途中で首の骨に引っかかったか? と、剣を持ち直しながら後ろに短く飛んで確認してみる。

 敵は、剣に喉を貫かれたまま、俺の剣を握り締めていた。指の肉は半分以上斬れて――いや、俺の雑な剣の取り回しのせいで指の肉が抉れて骨が見えているが、もう助からないことを解っているからか、敵がそれを気にしている様子はない。

 流石は同族。楽に勝たせてはくれないか。

 ふ、と、少しだけ頬の緊張を解いて笑ってから――。

 両手で剣を握り、腰と全体重を掛け丸太を振り回す感覚で、剣ごと敵を味方の盾の列へと放り投げた。接近中の、俺とアテーナイヱ兵の間にいる敵を狙ったわけじゃない。こんなとろい攻撃、どうせかわされる。剣を海に捨てるのはもったいなかったので、敵が死んだら回収しろという意味で投げただけだ。

 それに、こういう場所では、俺の普段使いの長剣は取り回しに難がある。無手……は、流石に不利なので、腰の短剣を抜き、さっきよりも腰の高い姿勢に構え直した。


 お楽しみはこれからだ。

 掛かって来い!


 そう挑発的な笑みを敵へと向ける。

 殺したのはたった二人だ。まだ後三人も残っている。

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