Canopusー10ー
帰りの航海が始まった初日。自治都市ミュティレが水平線の下に沈んだ午後、突如見張りが叫んだ。
「て、敵影。数三……いや二?」
「どっちだ!」
ここで? という疑問が湧かなかったわけじゃないが、事実として敵がいる以上、それは後回しだ。対応策が変わってくるので、鋭く敵の数と国籍を尋ねると――。
「……国籍不明の船が、アヱギーナ……? いえ! ラケルデモンの船二隻に襲われているようです!」
ラケルデモンに徴発されたアヱギーナの軍艦か。良くないな。ラケルデモンの軍艦なら、掛け値なしでコチラの船の方が速度も小回りも勝っていたんだが……。
国籍不明船というのが気になるが、多分俺達のような武装商船だろう。ラケルデモン・アヱギーナ連合艦隊遊撃隊の先遣隊が、情報収集の為に――まあ、ラケルデモン以外の国では情報収集というと金で買うのが基本だが、乗ってる人間の性格か退屈な船旅の鬱憤の発散なのか、襲って積荷と情報を得ているようだ――自治都市ミュティレから出た船を襲って人とモノを確保している……のか。
「逃げられそうか?」
帆柱に向かって問い掛け、視線を前の一番艦に向ける。キルクス達も敵に気付いているのか、船の進路を変更し……自治都市ミュティレへと引き返す動きか? 一時凌ぎにはなるかもしれないが、航路を押さえられているままでは結局は脱出が難しいぞ。それとも、来た時と同じように諸島部を東回りに一周しての帰還にする気か?
敵の遊撃隊の本隊の位置次第だな……。
見張りが敵の進路や味方の位置を確認してから、答えてきた。
「この距離なら、なんとか」
少し残念のような気もしたが、ラケルデモン人相手ではコイツ等では足止めにもならないので、一戦した際の被害を考えれば逃げるという選択も支持出来る。
念のため、準備だけはしておこうかと人を集め始めると――。
「あ! 敵艦、一隻が船首をこちらに向けつつあります」
「ッチ」
舌打ちして、キルクス達の船の位置が変わったことで俺からも見えた敵を確認する。衝角を使われたのか、傾きつつある船が襲われている船で――大型の輸送船だな。櫂は二段のようだし速度も遅かったんだろう――一隻はコチラを気にせずにそのまま国籍不明船を襲っているようだが、周囲を警戒していたのであろう一隻が、艦首をこちらに向けていた。
船足は、速い。
操船――特に変針は足も落ちるし、指示も細かく出す必要もある。そして、その間も行き足があるので、コチラは慣性で敵に近付いてしまっている。
キルクスの失策、かどうかはなんとも言えないな。櫂を逆に漕がせた所で、すぐには離れられなかっただろうし。
味方の進路変更が終わった段階で、敵の船は、甲板の人の動きがおぼろげに分かる程度の距離にあった。どうにも、ここからじゃ振り切れ無さそうだな。
もっとも、キルクスの船も増速中ではあるので、すぐさま追いつかれるって速度差では無さそうだが……。
後方の輸送艦までを考えると、この一隻は沈めないと拙いな。自治都市ミュティレに戻るにしても、敵を引き連れてたんじゃ余計な揉め事が増えるだろう。
……いや、そうか、ここじゃ潮流的にも不利なのか。以前、キルクスは目的地へと向かって流れる海流を発見している。それを利用されているのかもしれない。
「やれるか!」
キルクスの船に向かって声を張り上げる。
船尾付近にいた兵士が、大きく腕で丸印を作ったので「飛び移られないように注意して、衝角でなんとか沈めろ!」と叫んで、二番艦の指揮を始めた。
「こっちは、前の船を援護するように動け。後方の輸送・居住艦は離れてろ」
船尾を狙う敵と、それをさせまいとするキルクス率いる一番艦が、円を描くような運動に入った。割り込む気は無かったが、敵の注意をそらすために、細かくジグザグに船を近付ける。
キルクスの船よりもコチラの方が近い――、そう敵が迷って進路を変えようとした一瞬の隙をついて、一番艦の衝角が敵船の右舷後方を捕らえた。
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