Canopusー9ー

 その後の商売は、順調とも不調とも言える状況だった。

外港都市ヘファエスイテアを基点として、東回りで南下して、五つの外港都市を回り、今は最後の自治都市ミュティレ――北東エーゲ諸島の玄関口で、かつ、この周辺地域のまとめ役として機能している、かなり大きな島だ――の港で最後の会議を行っている。

 まあ、予想と違うことは往々にして起こるものだが……。

「どうします? もう少し南下してみますか?」

 やや焦ったような、……そうだな、失敗を挽回しようと気が急いている、引き際の見えていない博打では一番危ない時の顔でキルクスが訊いてきた。表情的には、南下の命令が欲しいんだろう。

 積荷はまだ残っている。それも、嵩張る大麦や小麦なんかの穀類を中心に、だ。戦時中の都市部への売り込みなので、食料品は外さないと俺も他の連中も判断していたんだが……。

「いや。多分だが、アヱギーナとアテーナイヱがヤってた時、他の誰かが既に儲けてたってことなんだろ。南下すればするほどリスクが増すしな。儲けは出ている。撤退だ」

 在庫過剰気味だった武器はほとんど捌けたし、マケドニコーバシオ産の皮をこちらで加工した革製品も、良い値で卸せた。残っているのは食料品――とはいえ、干し果物とワインは船で消費する分しかもう残っては居ないが――穀類だけなので、次の島へ行った所で無駄足になる可能性の方が高い。

 しかも、戦域にかなり近くなる。既存の航路があるとはいえ、位置的にラケルデモンの艦隊が偵察に出ていてもおかしくは無い。

 誕生会なんぞというわけの分からない出費分は、ある程度回収できた。一戦して、戦費と兵士を浪費するのは、いたずらに財政状況を圧迫するだけだ。輸送船の略奪や船の奪取が出来れば大きいが、兵の質的にそこまでを期待出来ないだろう。


「その……すまん。まさか、こんなに読みを外すとは……」

 ドクシアディスと商売担当者が殊勝に頭を下げてきたので、構わない、と、手をひらひらと振って気にしていないことをアピールする。

「俺も穀類はいけると思ってた。まあ、こういうこともあるんだろう。良い勉強になったと思うさ」

 それに、穀類は主食でかつ保存が利くものなので、俺達で消費すればいいだけ、とも言えるしな。損した、とまでは考えていない。

「出港準備だ。この辺りへの長居は長居で危ないだろうしな。お前等は先に自分の船へ戻れ、帰りの航路と最終的な収支、情報を確認して俺が二番艦に戻ったらすぐに出るぞ」

 ドクシアディス、それに後方の輸送艦の人間を先に船へと戻し、アテーナイヱ系の幹部と向き合う。

「どうだ?」

 全てを折りたたんだ俺の質問に、キルクスが代表して答えた。

「半分は成功でしょうね」

 半分? と、小首を傾げると、キルクスは――良い報告をするときの常だが、ゆっくりとした口調で笑みを交えて話し始めた。

「アクロポリスでの生活になれた人間に、地方を実際に見せたのは良かったですよ。情報収集の過程で、税制面の違いも実感していますしね。僕達の合流は、よりスムーズに進むと思います」

 それに、アヱギーナ系奴隷約八十の解放による、相互理解の促進といったのも一因なんだろうな。……単純な連中だ。

「成功しなかった半分は?」

 今度は、悪い報告の常――という顔よりは、どこか真剣みの薄い苦笑いの顔でキルクスが答えた。

「地方の都市を掻っ攫っても、苦労するだけ、という風潮も出来てしまいました。アーベル様が戦い以外も上手くやってくれるだろうし、今のままでも……なんて厭戦の機運も下の兵士には高まりつつありますね」

 ハン、と、鼻で笑って肩を竦めて見せるが、キルクス以外の幹部連中の顔を見るに、嘘や盛った話というわけでもないらしい。……ッチ、俺が上手くやる? 戦うための、そして戦う以上勝つため――勝てるための準備を、そういう見方で受け止められたらたまったんじゃねえぞ。


 いや、各都市の連携状況や規模を見て、北東エーゲ諸島の分捕りは見直しが必要かも、とは思っていた。時間が稼げる――命令する形ではなく、自発的な要求を通すための条件として我慢をさせることが出来る、と、良い方に受け止めることも出来るか?

 即断出来ないな。

 拠点の移動も春には行い始めないと、テレスアリアとの摩擦が表面化する。でも、次の場所はどこにする? マケドニコーバシオ……か? いや、どうかな、まだそうした交渉を行っていないし、あの国も油断ならないからな。

 帰りの船で、次の作戦や目標をまとめておく必要がある。


 しかし――。

 コイツ等も、負けっぱなしでいいので新しい生活を望んでいるのか……。

 どうにも、俺は孤立する運命にあるようだな。

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