Canopusー6ー

 レームノス島の港――外港都市ヘファエスイテアへは、半島の先を越えてから一日半で到着した。

 島の広さはかなりのもののようだが、それほど大きな都市ではないのか、係留されている船は中型のガレーがほとんどで、それも甲板の網や漁具から察するに、漁船がかなりの数混じっているように見えた。

 キルクスが居れば詳しい説明が聞けたかもしれないが、生憎この船に居るのはチビと半分人質半分水夫のアテーナイヱ人だけだった。


 入港の事務手続きやなんかの為に、キルクス達が船から降り――俺達を見上げてから、港の事務所の方へと向かっていった。

 しばらくは待ち、だな。

 今回は、搦め手で攻めているせいか待機が多い。こんなのが、北東エーゲ諸島を回り終えるまで続くのかと思うと――げんなりしてくる。

 そして、なによりめんどくさいのが……。

「どうした?」

 またまた現れたドクシアディスに、正直、聞き飽きているんだがな、と、不満たっぷりな顔で応じる。

 交渉は、キルクス達を中心に進める。その方針を変えられるはずはない。ドクシアディスも分かっていて、それでも――まあ、多分に他のアヱギーナ人からの突き上げもあるからなんだろうが――ちょくちょく時間を見つけては俺のところに議論をしに来ていた。

「オレ等も――せめて大将は同席した方が良かったんじゃないのか?」

 もう何度目か分からない提案を、目の高さまで上げた右手をひらひらと振ることで答える。

「ラケルデモン人は特徴的だ。普段は国外に出ないので情報が少ないが、交戦国なら俺等の特徴をしっかりと認識してるだろ。俺が混ざれば余計に拙い。お前等もな。アヱギーナは、今やラケルデモンの一部という扱いだ」

 勿論、アテーナイヱ人に一任する不安はあったが、逆に、ここで敵か味方かをはっきりさせておけるなら、むしろ、今後の作戦は立てやすくなる。航路に関する知見は既に手に入れた。裏切られても損害は少ない。商談面での裏切りなら、品を卸さずに逃げればいいし、攻撃してくる場合は抵抗する。

 まあ、ここで一戦されることを嫌がっているのはアテーナイヱ人の方だろうし、港に居る限り攻撃される可能性は低いだろう。戦域が広がり過ぎて戦力の集中が出来なくなるし、商人を襲った話が伝われば、戦争での物資調達に支障をきたす。

 港を出てからの航海計画を漏らされるのは……対策の立てようが無い。海で対峙することになれば、最大限抵抗するとしか返せないな、これは。まあ、戦争におけるラケルデモン人の強さを知っている以上、俺が名乗りを上げれば出足を怯ませる効果はあるだろうが、な。

 ただ、ドクシアディスの陳情もそうだが……アヱギーナの連中も少し不思議な感覚をしているよな、と、思う。アテーナイヱの兵士に対する拒否反応は強いのに、民間人は既に仲間扱い――軍服を脱いだアテーナイヱ人もそういう扱い――なんだから。

 見た目だけの問題か?

 まあ、先の戦争で兵士にヤられてるのもいるし、そういうことなんだろう。


 それに……と、前置きして、少し口調を改めてから俺はドクシアディスに訊いてみた。

「エレオノーレはなんて言ってるんだ?」

 ドクシアディスは、軽く肩を竦めて答えた。

「もう仲間だってさ」

 ははん、と、俺がバカにするように笑えば、ドクシアディスは憮然として視線を帆柱の方――チビとエレオノーレが、なんか、帆柱を挟んで遊んでた。数学の話で懲りたのか、ここ最近は俺に勉強会をせがまなくなっている――を見た後、どうしようもない、とでも言うように短く溜息をついた。

「ああ、それにアテーナイヱ人を仲間にする際に、アーベルが上手くやってくれた、とも思っているらしい。あれでいて、優しいところもあるんだとさ」

「……誰が?」

 目を細めてドクシアディスを見ると、ドクシアディスも同じような顔で俺を見返してきた。

「……大将が」

 ハン、と、短く鼻で笑って肩を竦めてみせる。

「俺は、兵隊としての使い勝手や、状況を見ての判断だ。アイツと一緒にするなよ」

「っていう強がり、と、吹聴している」

 ふ――、っと、長い溜息をつく。

 誰が教えたのか、減らず口だけは上手くなっているようだ。

「困ったバカだ」

 そう呟いた後、こう、言い包められるだけなのも癪だったので、からかう表情でドクシアディスを見て、続けた。

「んで、お前等は、アテーナイヱ人をエレオノーレが庇っている……っていうか、とられた気がして、反目してると?」

 あながち的外れでもないのか、う、と、気まずそうな顔になったドクシアディス。

 ふふん、と、俺は上機嫌に鼻で笑って見せた。

「人気あるんだな、アイツ」

 今度は、少し難しい顔というか、もうしわけなさそうというか、そんな顔で呟くように問いかけて来たドクシアディス。

「……オレ達のお姫様だろ?」

 もしかしなくても、俺に配慮したつもりなのか?

 ハハン、と、今度はバカにするように笑って、俺はドクシアディスの質問に直接は答えずに話を打ち切った。

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