Canopusー5ー

 船が半島の先端を過ぎた辺りから、海の色が変わり、揺れの質が変わってきた。空だけではなく、海面も暗い。

 キルクス達の船足は、そんなに変わっていないように見えるが、船の速度に関しては、俺達の船も後ろの輸送艦も動いているので、目印の陸が無い今は、見て感じる速度はあまりあてに出来ない。

「これから荒れてくるか?」

 なにも無いだだっ広い海。

 ここからは、天測で星を見ながら進むため、日没直後の紫の空の下を俺達の艦隊は進んでいる。雲は出ていないように感じるが、この時間帯の空は、少し読みにくい。薄い雲なのか、変化していく空の色なのか見極めにくい部分があるからだ。特に水平線近くが。

 ちなみに、ここからは、夜通し船を進め、日が出てから休憩のサイクルに変わる。

 夜は見通しが悪い。その時間帯に嵐とぶつかるのは危険だった。船の間の距離を詰めないと僚艦を見失うが、嵐の海では衝突の危険も高まる。

 ドクシアディスに確認してみるが「いや、冬の海の平常運転だろう」と、返されてしまった。

 成程な、確かに冬の海は避けたいわけだし、何度も探索隊を出す破目になったわけだ。


 エレオノーレとチビは、日のある内に命じたからか、船室から上がってこなかった。ピリピリし始めている船の雰囲気を察してか、大人しくしているらしい。

 まあ、水夫の雰囲気は、なにも天候や海だけに起因しているわけではない。より大きな問題――敵襲の可能性も高まっているからだ。

 前情報として、軍艦の大多数はここから遠く離れたサロニコス湾にあると聞いていたが、戦争では予想もしないことが起こるのは、むしろ普通の事だった。この辺りの都市にラケルデモンが攻めてくる可能性は低い――付近に補給の出来る港をラケルデモンは保持していないし、糧秣を道中の無関係の第三国の港で無節操に略奪する場合、徒に敵が増えるだけだ――が、あの国なら、帰路を考えずに一撃で都市を奪う作戦も検討していそうな怖さもある。それに、アテーナイヱだって、籠城戦の最中とはいえ、功を焦る指揮官も居るだろう。適当に民間の船を狩って、戦果を盛ることは、戦争では普通に行われる。

 しかも、無事に辿り着けたとして、商売が出来る保証もないと来てる。


 尤も、俺達も対策を考えていないわけじゃないけど。

 俺達は、テレスアリアの港を仮の本拠地としているのでアヱギーナでもマケドニコーバシオでもなく、アテーナイヱと無関係の国の船団という証明書を持っていた。テレスアリアでの商売の許可証に、ちょっと手を加えた、悪い言い方をすれば偽造とも言える様な代物だが、この程度はどの商人でもやっている程度……らしい。

 ま、そういう保証書は、国にもよるが金次第って部分もあるしな。港湾都市イコラオスに、かなりの金を落とした上、数の力と粘り強い交渉で引き出した成果ともいえる。使わない理由は無い。



 ……なんだろうな。

 こういう、なにが起こるか分からない、なにが起こっても不思議じゃない状況では、胸がざわざわする。

 少しだけ自然と緩む頬を引き締める。

 今回の目的は戦闘じゃない。

 でも、降りかかる戦火の火の粉を払うのは、やぶさかじゃない。むしろ、それを望んでさえいた。

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