Canopusー4ー

「まず……そうだな、一辺の比が3:4:5の三角形が、直角三角形になることは、建築学の基本だし分かるよな?」

 しかし、俺の話は出だしからつまずいた。二人揃ってぽかんとした顔をした上、瞬き三つ後になんで? という目を向けてきあがったからだ。

 二人揃って同じ方向に同じように首を傾げる仕草は、まるで姉妹みたいだった。

「おい。だれか、適当な――細くて長い紐持って来い」

 説明する気が一気になくなったが、ほっぽっといていいって感じでもなく――勉強会を切り上げるタイミングとして悪いという意外にも、この頭の出来で世間に出しておくのが恥ずかしいという意味でも――、イライラしながら近くの人間に命じた。

 まあ、誰も彼も手透きってわけではないのは見れば分かるが、俺が取りに行くのも面倒だったし、返事があればいい、程度の命令だったが、近くに居たヤツが、苦笑いで対応してくれた。

 前のエレオノーレとの勉強会の時もそうだが、どうも聞き耳を立てられている感があるのは、面白くないな。

 背丈ほどの紐を十一回折って、十二の同じ長さの辺を作る。そして、印をつけてから一本の紐に戻した上で、しるしの三つ目でまず折り曲げ、次は四つ目、最後に紐の先端と後端を合わせて出来た図形を二人に見せる。

「3:4:5の直角三角形。分かったな?」

 おお、と、感嘆の声が二人から上がって……なんだか、情けなくなった。いや、なんか、こう、俺の作った集団の頭の程度はこの程度か、なんて思ってしまってな。

「でも、ものすっごく細長い直角三角形もあるじゃない。それは、その比じゃないわよ!」

 チビが一拍後、胸を張って言い返してきた。図形も弄って、錐みたいな直角三角形を作っている。エレオノーレは、それに対しても、おお、なんて声を上げた。

 が、余計に頭が痛くなりそうだ。

「俺は、一辺の比が3:4:5の三角形が、直角三角形になると最初に言ったのであって、直角三角形が須らくその比になるとは言っていない。言葉も分からないのか、お前等は」

 膨れっ面でチビが黙ったので、俺はようやく本題の定理についての説明に入った。

「で、三平方の定理は、斜辺の長さの二乗が、他の二辺の長さの二乗を足し合わせたものとなるという定理だ」

 二人からは、何の反応も返ってこなかった。エレオノーレは、基本無駄口が多いと俺は思っていたので、こういう返しは、怖い。理解を諦めている証明のようで。

 しかし、俺も教わった以上の証明方法を知らなかったので、そのままこの二人に伝えてみることにする。

「いいか? さっき言った一辺の比が3:4:5の三角形を四つ並べて、大きな一辺が7の正方形を作るだろ?」

 ……残念ながら、口で言っただけでは伝わらなかったようだ。指を折って何かを数えるエレオノーレに、最初の三角形を睨みつけるチビ。

 めんどくさいことこの上なかったが、さっきと同じ紐を更に三つ調達して、実際に図形を作って見せた。

 再び二人が、おお、とか声を上げたが無視する。

「この正方形の面積が49になるのは良いな? んで、中にできる小さい正方形の面積は25だ」

 今度の説明に対しては、かなり時間が掛かったが、自分達の頭の中で計算できたようで、あくびが出そうになった頃に頷かれた。

「なら、この小さい正方形に、他の四つの三角形の面積を足したら、大きな正方形の面積になるのもわかるな?」

 これは、見たままなので素直に頷く二人。

「三角形の面積は、底辺かける高さ割る2だ、それが4つなので、底辺かける高さを二倍したものがこの三角形の面積の合計になる。これでもう分かっただろ? ……分からないのか」

 面積に関しては理解したようだったが、それがどうして、斜辺の長さの二乗が、他の二辺の長さの二乗を足し合わせたものとなるという定理になるのかは、分かっていない……んだと思う。

 っていうか、それ以外の場合だったら、もう教えようが無い。

「いいか? この直角三角形の底辺の4という数字と、高さである3という数字を足したものを二乗したのが大きな正方形の面積だろ? つまり、底辺たす高さの二乗だ。それを整理すると、底辺の二乗、高さの二乗、そして二倍の底辺かける高さという数字になる。そしてそれと同じ数字になるのが、この直角三角形の斜辺の二乗で出る小さな正方形の面積に、底辺かける高さわる2のかける4だ。整理すれば、斜辺の長さの二乗が、他の二辺の長さの二乗を足し合わせたものになるだろう?」

 俺の説明が悪いのか? いや、しかし、俺はこんな感じの説明で理解できたんだが……。まあ、レオも――というか、ラケルデモンでは無駄口は悪いもので、短い説明でモノを教わるんだがな……。

「んんう?」

「え、ええと」

 どうにも二人には相性が悪いようだ。俺の教え方との相性なのか、数学との相性なのかは、とりあえず明言しないことにするが。


 正直、どうにもならなそうだったので、宿題だ、とでも言って切り上げようとした時、チビが歯を見せて怒り出した。

「わっかんないよ! 大体、こんなのなにに使うのよ!」

 理詰めでの話し合いが出来ない相手は、暴力で吹っ飛ばす。それが俺の対応の基本だが、この時は、驚き過ぎて咄嗟に殴りつけるのを忘れた。

 常日頃、バカだバカだとは思っていたが、ここまでバカとは、逆に感心しするぞ。

「バカか? 旅をする上で、二点間の距離を割り出すのに使っているだろうが。

会議でも、ちょくちょく図面と紐で計算してただろ」

 あくまで地図の上からの計算だが、俺達は、なにも勘で船を出したり、陸を歩くわけじゃない。おおよその距離を計算して、掛かる日数を計算し、必要なものを準備する。

 そもそも地図を作ること自体も、別の公式を使っているとはいえ、日時計で時刻を合わせ、同じ時刻における影の長さから太陽の角度を割り出し、三角形を作って、距離を計算して縮尺を作る。

 今回の航路探索に際しても、キルクスや船の人間も普通に使っている概念で計算方法だった。

 しかし、この二人は、基本的に自力でそうした計画を立てていないからか、目を白黒させて周囲の人間を見ていた。

 もしかしなくても、今になって初めて知った衝撃の事実だったんだろう。この二人には。

 遭難の危険があるので、絶対にこの二人には単独行動をさせないようにしようと俺は改めて心に誓い――。


「不満なら、他の人間にも説明を頼んでみろ。暇な時にな。もう船室へ戻ってろ、じき、半島の先を越える」


 いつもとは少し違う海の色を見て、俺も不測の事態に備え始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る