Canopusー2ー

 船旅は、現在は陸伝いに南下しているせいか、今回も順調だった。冬場は海が荒れる、なんて騒いでいたのが、過剰だったと思ってしまうぐらいに。

 今回は二番艦で指揮をとっている。とはいえ、戦闘にならない限りは、以前決めた船内法があるのですることも無いが……。

「いいのか?」

 船の舳先に座って一番艦の背後を見ている俺の更に後ろから、ドクシアディスがまだ納得していないという声で問いかけて来た。

「冬の船旅が、か? この嘘吐きめ。思いっ切り順調な航海じゃねーか」

 不満に思うことがあると主語を抜いて話す癖のあるドクシアディスとの、ほぼいつも通りの遣り取りを始めた俺だったが、ドクシアディスはいつも以上に余裕がなかったようで顔を赤くして言い返してきた。

「下の漕ぎ手に混ざってから同じことを言え! 他にも、転覆しないように積載量の調整したり、風向きを見て帆を張って横風を受けないように舳先を調整したりと、かなり神経使ってんだよ! ……って違う、オレが言いたいのは……いや、冬の船旅に関する文句もあるがなぁ!」

 成程。

 操船に関しては俺が出来ることは無いので、変に指示を出しても邪魔にしかならない。だから、手間を掛けないようにと大人しくしていたんだが、実際の運行にはそうした問題があったらしい。

 尤も、操船以外の部分では俺もかなりの苦労をさせられているので、お互い様だろう、と――むしろ、いざって時の錬度の低い兵隊への指示出しは、それら以上の重労働だ――思っているが。

「落ち着けよ。アテーナイヱ人のことだろ? 対策を考えていないわけじゃねえよ。今回も、あいつらだけの船を先行させてるのは理由もあるしな」

 ドクシアディスとしても、俺が無計画に命令しているわけでないのを理解はしているのか――なら、なぜ煩く口を出すんだと叱責したい気持ちにもなるが――、理由の部分について聞く姿勢に入ったようだ。

 力量のわりに手間の掛かるヤツだ、と、溜息をついてから俺は口を開く。

「もし仮に、アイツ等が反逆を企てた場合、家族を連れてきているアテーナイヱ人は、反対する。遠く離れた港湾都市イコラオスや、後方の輸送艦に人質に取られているからな。なにより、民間人同士では驚くぐらい良好に統合されている現状、心情的にも親アヱギーナを標榜するのも多いしな」

 現状に対しての見解は、俺と全く同じ意見なのか、ドクシアディスは頷いた。

 そう、ここからなんだよな、コイツの場合。

 状況を理解したなら、人の動きについてもう少し考えればいいのに。もしくは、上手く唆して、自分の利益につなげようとするとか。

「アヱギーナ人とアテーナイヱ人が殺し合い……そこまで行かなくても、喧嘩沙汰になれば、関係が一気に冷え込む。アチラとコチラは違う、と、同じ集団であっても非協力的な部分が出てくる。だから、親アヱギーナのアテーナイヱ人に今回は防波堤になってもらう必要があるんだ」

 そう、今一番問題となるのは、人種間の諍いだった。

 他者を区別する最大の理由。違う人種というたった一言で、隔てる壁は高くなる。それまでにどんな蓄積があったとしても、だ。

 それを防ぐ為にも、諍いを減らす工夫と、合流させるための土壌作りを行う必要があった。

 寄せ集めの集団の結束を強める唯一の方法は勝利だ。それは、別に戦闘に限ったことではなく、商売における儲け等、自分達が有利だ、自分達は得をしている、だから、分裂しないほうが良い……そう思わせることでしか、統合は進められない。

 お互いに情が湧き、そして、異族結婚なんかが進み、ここの連中が全く新しい氏族集団となるまで。

「親アヱギーナのアテーナイヱ人が……」

 ん? と、話し始めたドクシアディスを首をかしげて見上げる。

「親アヱギーナのアテーナイヱ人が、同族と――一緒に国から逃げてきた連中と、戦わないんじゃないかって、思う人間も少なくないことを……一応、言っておきたい」

 ふん、と、俺は少しだけニヤケがなら鼻で笑った。

 まとまらないことの苦労を自嘲したわけじゃない。むしろ――。

「まあ、しっかり監視は続けることだな。泥棒に入るなら、警戒している家ではなく、無防備な家を狙うだろ? お前等の視線もひとつの抑止力だ」

 ニッと微笑みかけるが、ドクシアディスはどこかムッとした顔で下がっていった。

 なんだ、アイツ? と、思ったが、それからかなりの時間が経ってエレオノーレが甲板に出てきた時、ふと思い至って苦笑いした。

 もしかしなくても、俺にエレオノーレが言っているような信頼関係を基調とした論理でアヱギーナ人連中を納得させて欲しかったのかもしれない。相互監視による抑止論ではなく。……多分、そうだ。会議でもドクシアディスは助命派だったしな。立場上、ドクシアディスは無条件に楽観論でアテーナイヱ人を信頼するって訳には行かないだろうし。

 まったく、歳のわりに甘いし子供っぽい男だ、と、俺は舌打ちしてから苦笑いを浮べた。

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