Canopusー1ー

 港湾都市イコラオスに向かわせた船が戻ってきた丁度その日に、三度目の探索隊の帰還があり、ついに俺達は北東エーゲ諸島への航路を開拓した。


「状況はどんな感じだ?」

 キルクスに次ぐ実力者らしき艦長代行の初老の男――というか、キルクスが名目上の艦長兼アテーナイヱ人のリーダーになっているってだけで実際の運行はこっちの方が担当しているようにも見えるが――から、島周辺の現状についての聞き取りをはじめる。

 年齢が年齢だからか? 立ち振る舞いに、ほんの少し、レオの影を感じ……俺は心の中だけで自嘲してから頬を引き締めた。

「軍艦の大多数はサロニコス湾の、しかも、アヱギーナ島と外港都市ペイライエウスの間の海域に展開しているようですな。遊撃艦隊への警戒はありましたが、入港制限は緩いと言えるでしょう」

 外港都市ダトゥの連中の聞き取り結果も含めて判断するに、主戦域以外の殖民都市では戦争中という感覚には乏しいかもしれないな、と、思った。増税や船舶の徴発、糧秣の供出などの後方支援はさせられているが、主戦場ではないので軍備の増強を肌で感じてはいないだろうし、身近での大きな戦闘も起こっていない。

 そもそもアテーナイヱにおいては、貴族や富裕層が奴隷や無産階級を金で雇って――前回の俺達のように――武装させて戦場へと送る形式が多いらしいので、大多数の参政権のある自由市民は、戦争の痛みを実感してはいないだろう。

 となると、商人根性的に、不要な出費を中央から強いられている、と、感じていても不思議は無い。

 上手く唆せば……、いや、それ以前に、為政者が無能か野心家なら既にそんな認識が広がっているかもしれないし、もしそうならアクロポリスから離れた都市では独立への機運も高まっている可能性がある。

 やはり、寄せ集めの俺等が、他国の領土に食い込んでいく機は、今を置いて他にない。


 そこで、ふと――疑問というか、報告している艦長代行が隠す気が無いのでそんな言い方なんだろうが、内容から推察される当然の帰結について俺は訊ねてみた。

「上陸したのか?」

 アテーナイヱ人同士で密約をしてきた、もしくは、罠に嵌める用意がある。アヱギーナ人に、そんな疑念を抱かれても仕方が無い状況だ。まあ、俺もその可能性に対する準備を行うがな。

 しかし、艦長代行としては、変に隠し立てして疑心暗鬼になるのを嫌っているのか、表情も変えずに頷いた。

「目的地か確認もせずに帰るわけにもまいりませんので」

「構わん。咎めてはいない。しかし、船員の感情は?」

 相手が手の内を明かすことで潔白の保証とするつもりなら、正確な状況を共有することで不要な衝突の可能性を潰しておくべきか、と、俺は考え直して一番の疑問をぶつけてみた。

「アテーナイヱは殖民都市が多い国です。しかも、必要に応じて彼等を同族とも蛮族とも称しておりますれば……」

 艦長代行の言は、間違ってはいないんだろう。

 だが、それは一般論というか、状況から推察出来る当然の帰結という物であって、実際に上陸し、同族と顔を合わせた連中に対する分析という意味では、不十分だった。

「で?」

 目を細く引き絞って、多少問題がある、と、暗に示している部分に突っ込んで見る俺。

「……面談は行っていませんので、名簿はありません。ですが、おそらく、約三割は、戦闘になった際の参戦を拒否するでしょう」

 アヱギーナ人の幹部連中が色めきだった。キルクスが焦った顔で俺を見詰め、それからすぐに会場に向かって弁明を始めようとしたので、それを手で制しアヱギーナ人も睨みつけることで黙らせる。

「その程度なら充分だ。予想の範疇だろ? むしろ、七割が帰順の意を示していることを喜べよ。それに、今回の目的は偵察に商売だ。自らの糊口を凌ぐ為に尽力しろと命じられるなら、それで問題ない」

 それは大丈夫なんだな? と、艦長代行に目で確認してみるが、商取り引きに関しては、むしろ歓迎しているヤツが多いのか、自信有り気に頷かれた。

 アヱギーナ人の幹部も、それで一応は納得したのか舌鋒を引いた。

 だが――。

 俺は考えをまとめる長い瞬きの後で、艦長代行に聞き取りというよりは、世間話のような調子で、ついでを装って訊ねてみる。

「ああ、そうそう。向こうで値上がりしている品や、不足している品については訊いてきたか? あれば役立つ情報なんだが」

 艦長代行は、元軍人なのかもしれない。緩く目を伏せてから、彼は答えた。

「申し訳御座いませんが、流石にそこまでは……」

 持ち帰った情報は限定的。世間話まではいっていない。上陸は短時間で行われたって事か。場合によっては、島の発見後一泊して休んでから戻るんじゃないかという予想もあったが……。

 ふ、んむ。

 短時間の上陸で、三割が里心を抱く、か。

 今は、人種ごとに船や部隊を別けている。しかし、ちょっかいを出す時までに、アテーナイヱ人部隊は解体しつつアヱギーナ人の部隊に――例えば小隊ひとつあたりに一~二名のアテーナイヱ人が混じるような、そんな編成にし直した方がいいかもしれないな。そうなれば、小隊の同調圧力で反発心を抑え込めし、組織だった離反を防ぐこともできるだろう。


 まあ、いずれにしても、艦長代行やキルクスのような現状を理解しているアテーナイヱ人幹部と、アヱギーナ人連中に疑念を抱かれないような状況下での会談を設定する必要がありそうだ。それも、出来るだけ早く。

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