Aspidiskeー23ー
誕生会関連の雑務を処理していると、二度目の探索隊が帰還した。
予定地に島が発見できなかったため、夜間の天測で位置を確認、戻りの航海で確定したとのことだ。地図に新しい点が打たれる。帰還と同時に呼びつけられたキルクスが、海の場所に海流の流れとその強さを描き示した。ほぼ、これで確定でしょうね、との言だ。ならば、と。掴んだ潮の流れから進路を調整し、島の発見を目的とした、どちらかといえばこれまでの総まとめのような探索隊を出すことにした。
そして、比較的ましな仕事はそれだけで、やはり翌日からまた最悪な誕生会関連の予算編成を行い続けることになったんだが――。
クソ、畜生。
数日後、関連各部署と合意した予算額は、予想は出来たがやっぱり最悪だった。
それでなくても奴隷労働力がおらず、しかも、女子供が多いため固定費が掛かり貯蓄が少ないのに。
来年の予算で戦費のつもりでいた四分の一が吹っ飛ぶ計算になる。
税率再調整と、新航路を得た上での商売――一度目は偵察で二度目で襲う気でいたが、交易を繰り返してじわじわ溶かす作戦に切り替える必要があるかもな。まあ、その方が時間は掛かるが安全だが――の見通しの見直しが必要かもしれない。
上手くいかない……思い通りにいかなくて面白くない、人を扱うという仕事に、辟易する。前のようにならず者討伐を申し出ようと思える元気も無く、部屋で完全に意気消沈していると……また嫌な感じに部屋のドアがノックされた。
音をもう覚えている。これはキルクスだ。
「ッチ。はぁ~あ、ぁ」
無視してもどうせ後で来るだけなので、俺は長い溜息の後で応じた。
「入れ」
しかし、キルクスはすぐにはドアを開けず――。
「お客様もご一緒ですが大丈夫ですか?」
そんなことを訊いてきた。
しかし……。客、というのがなんだか不思議な言い回しだな。今の俺達を訪ねてくる外部の連中ってなんだ? どっかの商人か?
寝台から起き上がり、毛布ではなくきちんとした外套を身に纏い、剣を帯びてからもう一度ドアに向かって俺は短く叫んだ。
「入れ」
キルクスが先頭に立って部屋に入り、その後ろからマケドニコーバシオの商人連中が五人ばかりぞろぞろと部屋に入ってきた。
「まあ、客といえばそうか」
腕組みして、やや呆れたような顔を向ける俺。
正直、相手の方がふてぶてしいって言うか、すっかり仲間の顔をして時節の挨拶もそこそこに俺の部屋の暖炉にあたっているので、身構える必要があったのかかなり疑問だ。
あんまりな言い草ですね、と、俺を非難しきれない顔と声でキルクスが言って、マケドニコーバシオの商人連中に目を向けて苦笑いをした。
「俺達はもう共犯者だろ? なんだ? 航路開拓の進捗の聞き取りか? それとも商品の売り込みか? 生憎今は……」
言いかけた俺を他所に、今日は外も大分冷え込んでいるのか、暖炉で手を暖めていたエレニ――港湾都市イコラオスからの付き合いなので、俺達と交渉する際の一番の窓口になっていた――が、少しだけ申し訳無さそうというや、やや困った顔で話し始めた。
「いえ、航路開拓の方は、ほぼ完全にお任せしておりますので、今更アッシ等が口を出しても……」
どこか歯切れが悪い。
そんな厄介な頼み事なのか、と、俺も顔を引き締めて聞く体勢に入る。しかし、エレニがさも重要そうにお願いしてきたのは……。
「その、空いている船でいいので、港湾都市イコラオスまで出せませんか?」
というモノで、俺は思いっきり肩透かしをくらった形になり、咄嗟には声が出なかった。
しかし、エレニはそれを逆に解釈したのか慌てて早口になって言い訳をしてきた。
「いえ、分かっているんですよ。冬に船を出すのが危険だって。でも、アナタ方は航路開拓に積極的に船も出してますし、陸伝いに行ける港湾都市イコラオスなら、そう問題ないのかな、と、思いまして……。その」
一応、キルクスを見るが、最初船を冬に出すのを渋っていたのはどこえやら、自信たっぷりの顔で俺を見返してきた。船を出す上で心配は無いって事か。
「いいんじゃないか? まだ時間はあるからな」
俺の返事が意外だったのか、目を白黒させたキルクスだったが、商人連中からの感謝の言葉を投げ掛けられると、不思議そうな顔は消えていった。
キルクスは把握していない問題かもしれないが、こちらとしても丁度よかったという部分もあるしな。
ただ、船を出す前に確認するべきこともないわけではない。新規航路の方をキルクス達アテーナイヱ人を中心に探索させているので、船を出すとしたらアヱギーナ人を中心とした人員で運用する必要がある。ただ、ソイツ等には色々と仕事を割り振ってたので、人員の割り振りの再調整をしないといけない。
「具体的な話を進めよう。ドクシアディスを呼んで来てくれ」
キルクスの護衛のひとりに命じる。腕っ節が格段に弱いキルクスは、常に三~四人の護衛を連れている。こうした、外部との話の場合は必ず同席だ。
まあ、後から参加したのに偉そうに、と、思う連中が居ないわけではなかったが、一度、暇つぶしに剣を振らせてみたら、剣の重さに負け、自分自身の足を斬りおとしそうになっていたので、護衛を外せとも言えなくなっている。だから、こうして適度には俺もそいつ等に命令を下すようにしていた。
今日は宿から出ていなかったのか、すぐにドクシアディスが部屋に入ってきた。
「水夫は、どれぐらい残ってる?」
入ってきたドクシアディスの鼻っ面に叩きつけるように訊けば――、渋い顔を返された。
部屋の連中の面々から、話されていた内容を概ね把握したのか、ドクシアディスは渋い顔のままで告げる。
「明日の朝には一隻を百四十で運行できる、が、それで限界だ」
マケドニコーバシオにも奴隷はいる。しかし、主な奴隷取り引きの相手がアカイネメシスだからか、異邦人の奴隷しか市場にはおらず、水夫を増やす要望もここ最近は下火になっていた。
だから、北東エーゲ諸島でなんとか上手く話をまとめようってところでもあるんだが……。
「水夫として乗船希望の人間はいるか?」
マケドニコーバシオの連中に訊ねるが、身内の操船技術に不安があるのか、曖昧な表情を返されてしまった。船を壊されては元も子もないんだし、期待しない方が良さそうだ。
しかし、となると……。
「一番積載量の多い船で行って、向こうで水夫も四十名雇って来い」
今度の命令には、ドクシアディスとキルクスの顔が明るくなったが、同時に、俺の意図を不安視するような目も向けられた。節約と言い続けていたし、人をこれ以上増やすのを渋っていたのが急に話を変えたので、訝しんでいるのかもしれない。
……いや、誕生会の話でも揉めたし、自暴自棄になっていると思われたのか?
ったく、俺は、無計画に反対したり命じたりしているわけはないんだがな。
「奴隷の買取で構わないが、水夫として働けるのを四十名だ。その家族も買い入れても構わないが、七十は絶対に越えるな。六十程度で抑えろ。お前等のバカな祝い事の予算で財政を逼迫させてるんだ。分かっているな?」
まあ、渡す予算的に六十はギリギリの数字だろうが、コイツ等も商売人なので頑張れなくもないような気がして、そう釘を刺しておく。
そして、念のためって訳じゃないが、いい忘れていたことも、皮肉をたっぷりと込めた上で付け加える。
「どうせ金を余らせる気はないんだろうが、収支はきちんと報告しろよ」
「あ、ああ。しかし、どういう風の吹き回しだ?」
不安そうというか、どこか心配するようなドクシアディスの顔に、思わず俺は噴出してしまった。
「どっちみち、使えなくなった連中を、送り返す必要はあっただろ? それに、人手が減るなら補充する必要もある」
航路開拓に際して、里心がついてどうにも使い物にならなくなった漕ぎ手や兵士が、少なくない数出ていた。ソイツ等の扱いに悩んでいた時にこの提案だ。戦力外の連中を送り返せる上に、船賃を請求出来るなら、浮いた分を人を増やすほうにまわすのはやぶさかじゃない。
きちんと勘定をした上で俺が言っていることに気付いたのか、ドクシアディスとキルクスはやっぱりな、という顔で頷いた。
「誕生会関連の準備も、置いて来た連中を中心に進めさせるが、いいか?」
その確認には、やっぱりまだ眉間に皺が寄ってしまうが、ここで再び言い合ってもしょうがないので俺は頷いて同意した。
誕生会は、残してきた連中も含めて行わなければ意味が無い――まあ、分散開催よりは予算が圧縮できるので、それを反対する理由も無い。ただ、贅沢品の買い入れなんかは物価が安いマケドニコーバシオであらかた済ませたが、要望にはここじゃ手に入らないような南方の品もあったし、航路開拓に際して余計な手間――誕生会関連物資の取り引き等――も増やしたくは無かった。
誕生会? と、首を傾げたマケドニコーバシオの連中に、なんでもない、と、俺は手を振ったが、キルクスはしっかりと内容を伝えたようだった。
暴利られてもしらねぇぞ、と、目を細めるが、マケドニコーバシオの連中はニコニコした顔を向けてきただけだった。金の匂いを嗅ぎ取った、と言うには邪気の無い顔だ。
いずれにしても、まだ先の話、という感覚なのかもな。
「ともかく、決まったならさっさと動け。探索隊が航路を見つけて戻った時に、船が揃わずに待つなんてのはごめんだからな。船が遅れれば、お前らの好きな祝い事もそれだけ伸びるぞ。ほれ、急げ。きりきり働け」
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