Aspidiskeー22ー

 そもそも、コイツ等が過剰だとか貯蓄と認識している金だって、流行り病が起こった際の対策費や、戦費――俺としては基本的に反対され難い傷病対策として金を貯め、戦費として使うつもりだが――であって、それも俺の感覚としては充分な額じゃないんだがな。

 傭兵を雇うなり、敵将を調略するなり、勝利を金で買うことは別に恥じゃない。戦争では、勝利の為に行う全ての行動は正当なものだ。

 ま、どう見るにしても、いざというときのための蓄えは、多いほどいいんだしな。


 これみよがしに溜息を付いて見せた後、あからさまに不機嫌な声で俺は訊ね返した。

「しかし、全員の誕生日を祝うのか? 主だった人間だけっつっても部下を与えている指揮者は五十はくだらない数がいるんだぞ? 三隻の船団なんだからな」

 それに関しては同意見なのか、すぐに回答が返ってこなかった。

 ここが攻め易い部分か、と、目星を立てて俺は妥協案を提示してみる。

「つーわけで、年一回はどうだ? ラケルデモンと同じで、新しい年の始まる春に祝えばいいだろ」

「却下だ却下」

 ようやく来た流れに、無難な案でまとめようとした俺。しかし、すぐさまドクシアディスに反対されてしまった。

 じゃあ、どうすんだよ、と訊きたいところではあったが、多分、まただんまりを続けられると思ったので、次善の策――多分、これならぎりぎり予算的にも痛く無いはずだ――を提示してみる。

「なら、季節ごとにまとめて、春夏秋冬、年に四回」

 ううむ、と、唸る声しか周囲からは返ってこなかった。

 ん、だよ、これでも不満なのかよ。

 なら次に言う台詞は決まっているが……正直、俺は月に一度の案は採用したくなかった。なので、口にしたくも無いんだが……。

 どうもコイツ等は、自分達の意見として俺に案を上げるのではなく、俺が思い至ったと言う形にしたいようだな。俺の口から言わせたがっている――言質を取りたがってるってことか? 誰の発案だ? ……腹立たしい。

 本当は嫌だったんだが、消去法の結果として、また、不毛な議論が続くという無駄な時間を終わらせるためにも、なんとかして却下しようと思いながら最終案を口にした。

「月毎にまとめて行い、年に十二回」

 ようやくバカな陳情に来た連中は全員が納得した顔になったが……。

 なんなんだ、コイツ等は? 本当に自分達の状況を理解しているのか? どうしてそんな楽観的になれるんだ?

 俺の頭の中にはそんな疑問符しか浮かんでこなかった。

「正気か⁉ 多すぎるだろ、予算どれだけ掛かるんだよ」

 俺を怒らせるなよ、という意味ではっきりと怒気を混ぜて叫ぶ。

「こんなご時勢に、浮かれて油断してどうする気だ? 今日が楽しければ、明日どうなっても構わないのか? ハン!」

 折角、手間隙掛けて助けてやったってのに……と、熱くなった頭で続ける前に、神妙な――いや、やや暗めの顔をしたドクシアディスが、俺が鼻で笑ったのを期に口を挟んできた。

「だからだよ」

 発言を邪魔されたのも混みで睨みつける、が、ドクシアディスはどうせ不機嫌になられるなら言いたいことは言ってしまえ、とでもいうつもりなのか、そのまま話し続けた。

「少しは楽しまないと精神的に持たないんだよ。……普通の人間は」

 ふん、と、さっきより皮肉っぽく俺は鼻で笑う。

 普通の人間、ね。俺とは違う凡人って意味だろ?

 そんなほっそい連中、全員折れてしまえ。どうせ三下だ。こちらが助けなければ、他の場所で生きられなかったくせに、多少金が貯まった程度で贅沢を要求するなんてふざけるのも大概にしろ。

 俺がこれまでの人生で学んだことは、どんなクソな環境でも人は生きていけるってことだ。息抜き? 敵を憎んでいれば、それだけで疲労も苦痛も感じなくなる。

 コイツ等は、自分達をここまで追い落とした憎い敵に、復讐したいとは思わないんだろうか?

 やられっぱなしの人生で、このまま負け続けても構わないと?

 そんな程度の連中しかいないなら、今、全員、死ね!


 喋るのを邪魔されたから、再び口を開くタイミングを見つけられずにいたが、舌打ちと表情から俺の機嫌を読み取ったのか、陳情に来た連中は主犯格のドクシアディスとキルクスも込みで縮み上がっていた。

 こう返されるのは分かっていたんじゃないのか? にも拘らず、俺を怒らせるだけの提案をして、本当はなにがしたいんだ?

 追求の視線をキルクスに向けると、口を開いたのはチビだった。

「あの!」

「物事の分別もつかないガキは黙ってろ」

 一言で切って捨てる――チビも半泣きで再びキルクスの陰に隠れようとしたが、ドクシアディスがやや固いが笑みを向け、キルクスが俺に軽く頭を下げてから再びチビを前に押し出した。

 発案者はコイツなので、ひとりだけ罰しろってか?

 チビを睨みつけるが、発言を続けさせることにした俺。

「エレオノーレ御姉様に、皆、お世話になっていて……だから、少しぐらいそのお返しを……」

 ふ――、と、長い溜息をついて、熱くなった頭の熱を冷ます。

 が、俺の結論は変わらない。

「……動機は、理解した、が、だからなんだ?」

 前からそうだが、どうもここの連中は、俺がエレオノーレを特別扱いする理由をきちんとは理解していないようだ。キルクスやドクシアディスには、面倒なのを我慢して少し話してやったってのに、その甲斐がまったく無いな。


 俺は、甘やかすためにアイツを守っているわけじゃない。

 エレオノーレを、幸せにする為に側にいるんじゃない。

 ただ、不幸せにならないように、力を貸しているだけだ。

 所詮他人に出来るのは、そこまでだ。それ以上は行えない。

 生きてさえいて――、俺がいなくなってからも無事に生き続けられる場所に置いて去りいきたい。それだけだ。


 いや……。

 そうだな。

 この連中がそれなりに勢力として育ってきている以上、それももうすぐ……。

「大将?」

「アーベル様?」

 ドクシアディスとキルクスが、訝しげな顔で――重ならない声を俺に投げかけてきた。

 肩の力を抜く。

 今まで、エレオノーレにしか使わなかった台詞で俺は問い質した。

「どうしても、か?」

「ここに居ない連中も含めた総意だよ」

 ドクシアディスがどこかぶっきらぼうに答えた。

 総意、ね。

「ダメといっても止まらない状況か。規模は蓄えを見て調整する。お前等は責任を持って予算編成を手伝え。そして、その分は俺を煩わせずに稼げ。以上だ。今日はもう下がれ」

 陳情に来た連中は、納得しきった顔ではなかったが、言質は取れたと判断したのか、素直に退室していった。


 最近では、なにかとつけてエレオノーレのため、だ。少しずつ、集団が変わっていっているのを感じる。

 ……悪いことじゃない。

 と、思いたい部分もある。

 ただ、徐々に、でも確実に俺の目的地からは離れつつあるこの集団に、不満というか……上手く言えないが、徒労感のようなものも感じ始めているのも事実だった。

 はたして、兵隊にならない連中に肩入れする意味は、俺にあるのか。巻き込まれたついでに、なし崩し的に、無駄な助力――利益にならない奉仕活動――をし続けてしまっているのは俺なんじゃないか。そんな疑問が頭を過ぎる。

 この一件だけで判断するのは早計だが、予定通りに本拠地となる都市を手に入れたその時には改めて判断しよう――、いや、させようと思った。

 この連中が、クソな運命に復讐するために俺と戦場へ向かうか、エレオノーレと全て忘れて平穏に生きるのかを。

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