Aspidiskeー21ー

 外港都市ダトゥの連中も探り終えると――、急に暇になってしまった。船は第二回の探索の真っ最中。俺がするべきことは、概ね済んだ。裁可を下す内容も無い。商売といっても、後は、北東エーゲ諸島で荷を捌かない限り仕入れても積む場所が無い。

 まあ、今までが忙しすぎたぐらいなのでそれでも良いと言えば良いんだが……。反動で呆けそうだな、俺が。

 宿の部屋で寝台に横になると、壁に立てかけてある剣に自然と視線が向かう。


 最近、あんまり戦えていないな。

 少し山賊で遊んだぐらいで、あの戦争の後、きちんと……というのも変だが、戦いと呼べるようなものが無かった。大戦の後で気が抜ける、というのも解る気がした。

 日常には、激情もなにもない。

 だからなのか、力が湧いてこない。

 面白い面白くないは別としても、やる必要のあることがあればそれも紛れるんだが、独りでボーっとしていると、生きる力が身体から抜けていくような気がした。

 今のには、居場所が無い。

 戦いたい。

 あのゾクゾクした感覚が、殺されるかもしれない恐怖や、殺す瞬間の愉悦や、クソな状況に対する燃えるような怒りが――恋しい。


 ……フン、と、自然と柄に伸びていた手を引っ込め、起き上がる。

 この町でも山賊討伐や、もしくは付近の海賊討伐なんかの仕事があればいいんだが……。政庁舎にでも訊きに行くか? どこにでも、ならず者はいるものだ。新興の都市なんだし、それなりの相手が見つかるかもしれない。


 服を改め、装備も――。

 帯剣しようとしたところで、不意にドアがノックされた。入れ、と、命じればキルクスとチビがまず部屋に入り、ドクシアディスと、あと数名の若い連中がその後ろに続いていた。

「なんだ? 会議か?」

 珍しい組み合わせで順番だ。チビが二番目に並ぶこともそうだが、部屋に入ってきた順序で考えるなら、キルクスの出した意見にドクシアディス達が賛同し、俺に陳情に来たと考えられる。

「会議といえばそうですね……」

 キルクスが、悪巧みを隠さない笑顔で応じ、チビが若干俺を嫌うっつうか、苦手にしているような、険しさがある顔で内容を口にした。

 が、あの船での威勢はどこへやら、ボソボソ喋るので、かなり集中して聞かないと聞こえないんだが……。

「はぁ⁉ 誕生日のお祝ぃい⁉」

 さっきまでどこか好戦的になりかけていたのも相まって、あんまりな議題というかお願いに、叫んでしまった。

 しかし、次いで出そうと思った罵倒は、チビの後ろのドクシアディス達が必死で口に手を当てる真似をしているので飲み込んでしまったが。

 てか、俺にそんな陳情に来たら怒られるのが分かってるんだから――そんなのは、誰の目にも明らかなのに――、来るんじゃねえよ! どっかで止めろ!

 思いっきり睨みつける俺と、怯えてキルクスの後ろに下がったチビを尻目に、キルクスがどこかのんびりというか、独りだけ別の部屋に居るかのような悠然とした動作で、チビの発言を継いだ。

「ええ。エレオノーレさんが、もうじき十七歳になるということですので……知らなかったんですか?」

「ああ」

 興味が無かったし、とは、付け加えなかった。余計にめんどくさくなりそうな雰囲気がある。

 ただ、こう殺伐とした――先行きが不透明な状況が続く中で、祝い事をしている場合でもないと思うんだが……。

「そういえば、大将、幾つなんだ?」

 意味の無い祝い事を先送るための口実を考える間も無くドクシアディスに訊かれ、つい素直に答えてしまった。

「アン? 俺の歳か? 今更だな……ええと、今はポセイデオーン月で、今年は閏月も無いから……もう十五になったな。マイマクテーリオーン月の二十九日の生まれだ」

「「はっ⁉」」

 ドクシアディスとキルクスが声を合わせて叫び、俺の額の青筋を一~二本増やしたが、当人達はそれを全く気にせずに話し続けていた。

「尊大な態度だから、十八ぐらいだと思ってたよ」

 まあ、体格にも恵まれている方だし、そう見えるのかもしれない。

「態度は年齢ではなく、実力で決めるものだ」

「らしいといえば、らしいな。……って、待て。最近じゃないか。なんで言わなかったんだ?」

 言わない理由は無かったが、言う必要性があるとも思っていなかったんだが、ドクシアディスは俺の態度をどこか非難するような目で見ていた。

「なんでって……なんでだ?」

 矢継ぎ早に話しかけられ――後、キルクスの態度に出鼻を挫かれたのもあって、どうも叱りつけるタイミングを見出せない。

「いや、照れ臭いかもしれないが、こういうのは皆で祝った方が」

「祝う?」

 どうにも話がかみ合わないな、と、俺も俺の目の前にいるバカな陳情に来た連中も思い始めていた時、ドクシアディスが恐る恐ると言った感じで問いかけてきた。

「……もしかして、ラケルデモンでは生まれた日を祝わないのか?」

「ああ。そういうのは、年が終わる春になってからだ。少年隊の入隊検査や年次検査、青年隊への昇格審査、あとは市民への昇格審査なんかが終わってから、歳を加算してまとめて新年に祝う」

「どういう制度ですか」

 ドクシアディスの後ろの方から、苦笑い交じりの声が聞こえたが誰の物なのかは分からなかった。まあ、喋り方的にあんまり偉くない立場のやつだとは思うが……。

「ラケルデモンでは、年次の身体検査や隊の昇格審査に落ちれば死ぬんだ。ただ生まれた日から、一年が過ぎただけの事を祝う意味が無い」

 肩を竦めて答えれば、周囲に絶句された。

 当たり前の事なんだがな、と、俺はその姿勢のままで深く溜息をつく。

 しかし、このまま引き下がるつもりがないのか、ドクシアディスがあからさまに話を変えようとキルクスの方に向き直り――、しかし、上手く言葉が出ないのか、目で年齢と誕生日を訊いた。

 市民会に参加していたんだし、十八以上ではあるだろうな、とは思って見守る。

「二十ですよ。夏生まれです。ちなみにイオは十二です」

 ……チビだチビだと思っていたが、十は超えてたのか、このチビ。このなりと頭で。

 見下す目でチビを見下ろすと、チビは余計に縮こまって完全にキルクスの背後に隠れた。

 ハン、と、バカにするように笑い、ついでとばかりにドクシアディスを見ると、憮然とした顔で、ドクシアディスは答えた。

「翌年のムニキオーンの十日で……二十四になるが……」

「意外と老けてたんだな、お前」

 まあ、髪の生え際とか額の感じとか、言われればそれなりに年を感じさせる部分も多い。

「目上だと分かったんだから、少しは敬ってくれよ大将」

 ぼやくドクシアディスに肩を竦めて見せる。

 それを言うなら、俺より年下のヤツは、チビぐらいで――、いや、船団の上層部で一番若いんじゃないか? 俺が。

 尤も、生きた時間の密度としては、毎日が生きるか死ぬかって世界にいた時間が長いので、こいつらの誰にも劣っているとは思えないが。


「ドクシアディスさんは、実直な性格からか、もう少し若く見えますね」

 キルクスが慰めにもならない感想を、どこか含みのある笑顔で言い。

「褒めてんだか、けなしてんだか」

 そっぽ向いたドクシアディスを、半笑いで「両方だろ」と、追い撃つ。

 ぐ、と、奥歯を噛み締めるドクシアディスだが、すぐに表情を取り繕って話の軌道を修正に掛かった。

「いや、まあ、それはいい。てか、今は姉御の誕生日と、大将の過ぎちまったのをどうするか、だ」

「俺はいい。いらん」

「そう言われると思いましたけど、アーベル様を祝わないと、自分の時が祝って貰い難いですからね」

 ドクシアディスに向かって即答するが、すぐにキルクスに言い返されてしまった。

 そうきたか。

 しかしな、俺は俺の誕生日を祝ってもらうつもりは無いが、他のヤツのも祝う気は無いんだがな。だって……。

「金の掛かることは嫌だな」

 しみじみと呟けば、ドクシアディスが情けない声を上げた。

「大将……」

「節約も限度を越えると、仲間内の軋轢を生みますよ」

 キルクスも、困ったような声でドクシアディスを援護してくるので、俺は長い溜息の後で答えた。


「つってもな。戦争以外の出費は、俺の士気を下げるんだがな」

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