Aspidiskeー20ー

 キルクスからの報告は、命じたその日の午後にあがってきた。

 アヱギーナ人とこの都市の連中が外港都市ダトゥに抱く複雑な感情に配慮し、改めて人払いをしてから応じるが……。

「向こうから出稼ぎに来ている人が少なかったのか?」

 適当な仕事をするなよ、と、早過ぎる報告に呆れたような視線で報告を受けるが、キルクスはやんわりと笑って答えた。

「口が軽かったんですよ。こちらも気をつけないといけませんね」

 同族だから、か。

 まあ異国にあっては、そういうこともあるんだろう。で? と、続きを促すように目で尋ねれば、キルクスはにやりと笑って語り始めた。

「戦費調達のため、主戦域以外の殖民都市に対し臨時の増税を行い、軍需物資確保の名目で皮製品、金属の輸出禁止と、贅沢品の輸入禁止なんかの経済的な締め付けを強めているようです」

 どちらかといえば、軽い調子で、しかし、商業国としては致命的な政策を淡々と報告してくるキルクス。

 その様子が疑問に思えて、俺は訊いてみることにした。

「良くあることなのか?」

「戦時の常套手段ですよ」

 キルクスは、どこか冗談めかして肩を竦め、軽くウィンクした。

 多分、アヱギーナ戦前回でもヤったんだろうな。

 ……ああ、だから殖民都市の不満も高まり、ここに来ている連中の顔も険しくなっていたのか。

 他にも、アヱギーナ戦前回による徴兵によって働き手が減少し、しかも、連続して次の戦争が始まり、兵役が長期化しているので慢性的な労働力不足による過労もあるのだろう。

 奴隷でまかなおうにも、ラケルデモンのように村単位で徹底管理しておらず、個人所有の奴隷が大多数なので反乱の恐れも大きいだろうしな。


「案外、楽に味方に引き込めるかもしれませんね」

 と、キルクスがどちらかといえば楽観的なことを言い、俺は眉を顰めた。

 どうだか、な。もし、しっかりした指導者がいるなら、味方になったふりをした上で、こちらの指導部――俺やドクシアディス、場合によってはキルクスさえも殺して、金と奴隷を得ようとするんじゃないかな?

 いずれにしても、こちらはアヱギーナ人が多数を占める以上、そのまますんなりと合流という流れにはならないだろう。なにより、役どころとしてはそういうムードを醸造するはずのエレオノーレが、今となっては抵抗を感じているようだしな。


 口元に手を当てて隠し、一拍だけ間を開けてから俺は鋭い視線でキルクスを見た。

「こちらに組み込むなら、一度支配層を潰してから、下層市民という位置付けで吸収するのが理想だな。野心をもたれたまま合流されたくない」

 俺の視線の意味を正確に解釈したのか、キルクスは短く息を飲み、すぐに焦った……と言い切ると語弊があるかもしれないが、慌てた様子で言ってきた。

「僕は味方ですよ?」

 ふん、と、薄く笑ってから俺は応じた。


「ああ、そう願っているよ。遺恨を断つ最適の手段は、根絶やしにすることだからな。チビまで殺せば、エレオノーレが煩そうだ」

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