Aspidiskeー19ー

 船を出して五日後に、キルクスが帰還した。日数的に島まで到達しなかったことは分かるが、どこまで進めたのか興味があったので着いてすぐに報告に呼びつけた。


「どうだ?」

 宿の俺の私室で、今回はキルクスとその護衛、キルクスの船の各部門の担当者だけを呼んでいる。他の連中は、次の出航時に入れ替える漕ぎ手百名を待機させてはいるが、ここには呼んでいない。まだ共有するほどの重要性はないし、それにアイツ等はアイツ等でキルクス達とは別の仕事を与えているからだ。

「やっぱり、陸も見えず目印の無い海上を進むのは、あまり気分のいいものではありませんね。流されてはいるようですけど、どうも目的地方向への潮の流れがあるようですね」

「上手く使えそうか?」

「まだなんとも……。予定では、小島か岩礁が見えるはずだったのですが、確認できなかったため今回は引き返しました。多分、位置はこの辺りだったんじゃないかと」

 地図で進んだと思われる位置を指でなぞるキルクス。半島の先端を抜けてからは、真っ直ぐに南下している、のか?

 まあ、目的地より北西方向――東側には大陸や目的とした岩礁地帯があるから、目的地よりも東に流された可能性は無い――に着いたらしいってことは、そういうことなんだろうが……。

「実際に船を動かすのは、そうそう思い通りには行かないものなんですよ」

 まあ、言い訳のようでもあったが、そう言われてしまうと強く言い返せない部分はある。ここで臍を曲げられても、こちらに良いことは無いしな。

「それで、アーベル様の方はどうでしたか?」

 俺は、皮肉っぽく軽く肩を竦めて見せた。

「お前の妹は元気だな」

 エレオノーレやチビ、乗せていきた民間人――とは言っても、船では炊事や簡単な在庫管理、掃除等の雑用を担当している半分以上水夫のような役割だが――は、町に連日繰り出して順調に交流を進めている。

 ま、観光気分なのが頂けないが、煩く口を出すほどの事でもないしな。私財での売買も許可しているんだし、それで損しようが得しようが……借財奴隷にでもならない限りは、俺とは関係ない話だ。

 他は? と、苦笑いで癖毛の前髪を親指と人差し指で弄るキルクスが訊いて来た。

「日雇いで公共事業の手伝いをする連中に、商工ギルドと技術交流したり、付近の町との商売に一枚噛んだりと忙しなく動いているさ」

 キルクスは、少し意外そうな顔で俺を見詰め返してきた。

 普段の俺なら――というか、港湾都市イコラオスでは町の住人とかなりはっきりとした線引きをし、互いに必要なことを依頼し合うような関係だったからだろう。

 俺としては、偏った形でひとつの都市に依存する形は嫌なんだが、他の大多数が、な。この辺が、集団の難しいところだ。

 ただ、この町に危険は少ないようだし、ここの上層部はかなり好意的に俺達を受け止めてくれているようなので、暇にさせておくよりはましだと思うことにして、好きにさせている。北東エーゲ諸島でなにが起こるか分からない以上、引き締めておきたい部分もあるが、長期戦だからな。ずっとそれでは息が詰まるだろう。確かに、こちら側の情報流出や人材流出の懸念もあるが、各自で金を稼いでくれるのは、助かる部分もある。それに――。

「新規に人を入れる場合には――まあ、連中は、どうもアヱギーナ系の奴隷の解放を狙っているようだが、それをしたいなら金を稼げと言いくるめた」

 アイツ等は、水夫といいつつその家族だのなんだのと上積みして、使えない人間も大量に雇うつもりだ。ドクシアディスも一枚噛んでいる以上、それを防ぎきれないんだが、財政難で餓死者を出すわけにもいかない。

 成程、と、軽く笑ったキルクスは――。

「お前等に関しては、配慮するがすぐには無理だな。口説き落とすための結果を示さない限り」

 概ね言いたいことは分かっていたので、発言を遮って俺は釘を刺した。もっとも、キルクスも分かってはいるのか、でしょうね、と、あっさりと応じて引き下がったが。多分、付近の同族の幕僚のための面目としての質問だったのだろうな。

「で、だ。来て早々悪いが、仕事がある」

 結果を示せの発言から続けた以上、俺の意図は充分に伝わっているだろう。次いで命令を出そうとしたが、それよりも早くキルクスが答えたんだから。

「外港都市ダトゥの方から情報を引き出すんですよね?」

 まあ、普通に考えれば思い当たることだよな。

 無言で俺は頷き、報告も終わったんだし、次にやることも、その遣り方もわかっているならさっさと動け、と、キルクス達を顎でしゃくった。



 場合によっては……。

 マケドニコーバシオと外港都市ダトゥの出方次第では、目標を切り替えることもありえる、か……?

 ま、外港都市ダトゥを占拠するにしても、距離の近い北東エーゲ諸島の動向は知っておく必要があるな、と、気持ちを切り替えてから俺はのまとめに掛かった。

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