Aspidiskeー18ー
工房も、ばらつきはあるものの予想以上に高い技術水準にあるようだった。製鉄の炉に、毛織物、皮の加工。容貌や服装から察するに、マケドニコーバシオ以外の国の人間も多そうだ。しかし、かといって訛りの少ない発音から、異邦人って訳でもない。もしかすると、戦争でアヱギーナやアテーナイヱから逃げ出した人間を引っ張ってきているのかもしれない。
まあ、確かに、ラケルデモンとアテーナイヱが開戦した今となっては、静かな先進都市国家はヴィオティアぐらいのものだし――とはいえ、ヴィオティアも国境線のイザコザは抱えているんだが――、それも仕方が無いことなのかもな。
見学を終え、商売担当者をこの町の商工ギルドへと向かわせ、俺とエレオノーレ、ドクシアディスそれに商売以外を担当している何名かは、エネアスの案内で食堂へと向かっていたが……。
「外港都市ダトゥの連中です」
眉を顰めて、屋台で食事する集団を見たエネアスが呟いた。
その言葉に釣られるようにして視線を向けると――。
成程、外港都市ダトゥの連中は、確かにアテーナイヱのアクロポリスでよく見た亜麻布の服にウールの外套をまとっていた。しかし、着こなしにはどこか洗練されていない感じもあるな。地方だからか? だが、それ以上に気になるのは……。
「敵地という認識だからか? アイツ等がピリピリした雰囲気なのは?」
エネアスに訊いてみるが、逆に小首を傾げられてしまった。
「さあ。元々アイツ等は、アナタ方と違ってこっちを下に見て威張るところのある連中ですけど……」
ドクシアディスに目を向ける。
「こちらの――今回この町に残しているアテーナイヱの連中で、気の利くやつを選んでくれ」
「探りを入れるのか?」
どこか不満というより不安の色を滲ませて、ドクシアディスが訊き返してきた。
多分、裏切りを警戒しての事かもしれないが……。
「気の利く人間がいないなら、キルクスが戻ってからにするので構わない」
現状を正しく理解できる人間なら、ここに来て俺達を裏切るメリットの無さと、再度鞍替えするデメリットをきちんと認識している。ドクシアディスが思う程、裏切りの可能性は少ないと、ここまでの道中で同じ船に乗っていて俺は感じていた。
が、まあ、俺達の主体であるアヱギーナの連中の機嫌を悪戯に悪くしても意味が無い。航路開拓にも時間が掛かる以上、少し待つ程度は仕方が無いことと思うことにする。
俺自身が探りを入れると、喧嘩――っつーか、相手の出方次第だが、下手すると殺し合い――になる可能性が高いしな。
「ああ、その方がいいだろう」
どこか憤然と言い放ったドクシアディスに、自分達以上に警戒というか疑念を抱いているドクシアディスがおかしかったのか、エネアスが少し笑い、慌てて口元を押さえている。
ハン、と、からかうように笑えば、エレオノーレに横から口を挟まれてしまった。
「でも、私もあの人達にあんまり関わらない方が良いと思うな」
少し珍しい言い草に、ん? と、問い返すと、エレオノーレはどこか不安そうに外港都市ダトゥの連中を見てから――他の連中に聞かれたくないのか、俺の耳に口を寄せて囁いた。
「ラケルデモンにいた頃の、村を襲いに来る人たちと似た雰囲気がある」
言われて、思わず噴出してしまった。
「?」
周囲の不思議そうな顔が俺とエレオノーレに向けられる。
エレオノーレを真似して俺も耳打ちしてやる。
「俺と似てるってか?」
「違う!」
と、エレオノーレは叫び、慌てて声を潜めて続けた。
「私は、アーベルを他のラケルデモン人と違うって言った。昔に。そして、今もそう思っている」
真剣な声。しかし、俺としては、どうにも納得の出来ない言葉に、はいはい、と、軽返事を返し、こちらの様子を窺うほかの人間に向かって、なんでもないこと、という雰囲気で言った。
「不要なトラブルは避けましょうって話だ。そんな気にすんなよ」
もう一度だけ、外港都市ダトゥの連中を見る。
俺には、どうしてもあんなひ弱そうな連中が俺達と似ているとは思えなかった。人を殺して成り上がる人間特有の、諦念というか、冷めたような雰囲気が無い。本当の意味で一線を越えていない、悪ぶって見せてるだけのゴロツキ。武器を脅しでしか使えない連中。
フン、と、鼻を鳴らし、俺は会話を打ち切って食堂へと皆を促した。
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