Aspidiskeー17ー

 一夜明け、俺達はキルクスの船を出航させ航路の調査を始めた。

 まあ、アイツ等もこう忙しなく働かされる状況に不満がないって訳じゃないと思うが、こちらからの信頼や厚遇を引き出すためには、結果が必要だと認識しているだろうし、それは問題ないだろう。

 それに、まだ一回目だ。最初は無理せず、半島の先端への到達を第一目標にしている。今回はキルクスも乗っているし、危険はかなり少ないだろう。

 ちなみに、次回からは、キルクスは船に乗らず、事務仕事の補佐を行うことになっている。まあ、戦い向きの体格じゃないし、船での長旅でへばられて、その後の重要な任務――北東エーゲ諸島での情報収集と商談――に、支障をきたされても困る。あと、実際問題として、俺も書類仕事にうんざりというか、書類をぶった切ることで始末したい気分になりつつあったし、そういう意味でも丁度良かったのかもしれない。


 そして、俺の今日の予定は、マケドニコーバシオのお抱え商人達と、商店や工房のの偵察だ。キルクスを見送ってすぐ、ドクシアディス達をつれて、マケドニコーバシオの商人たちと商工業区へと向かう。

 ああ、今回は、船の商売担当者以外に、エレオノーレも一緒だ。まあ、目付けに女衆の頭目のニッツァという女以下数名も同行させているので、問題にはならないだろう。

 ただ、まあ、俺もあまり女衆をきちんと見ていなかったのでアレだが、ニッツァは、恰幅の良い中年女性で、ドクシアディスと正面きって殴り合わせたら勝ちそうな雰囲気の声のでかい女だった。

「子育ても終えて、今は女衆をまとめるのを生きがいにしてるんだ」

 あれはあれで我が強そうでめんどくさそうな感じだな、と、溜息を飲み込んだ俺に、ドクシアディスがそう耳打ちしてくる。

「女衆ってか、お前も頭が上らなそうだな」

 皮肉っぽく口をゆがめてからかえば、図星だったのかドクシアディスは困ったような顔で言い逃げた。

「オレも昔に面倒を見られたんだよ」

 ハァン、そいつはご愁傷様だ。


 ドクシアディスがそそくさと話題を断ち切って逃げたので、俺達はそのまま商工業区へと入り、マケドニコーバシオの商人の代表――エレニとエネアス。最初に会った時は名前も適当に聞き逃していたんだが、どうやら兄弟だったらしい。まあ、言われれば似てる程度のあまり特徴のない顔をした二人ではあったが――と、合流した。

「悪いな。案内まで頼んで」

 お互いに船旅で多少は慣れてきたいたので、俺は軽く挨拶をした。が、まあ、向こうとしては上客という認識なのか、へりくだった挨拶をされてしまう。

「いえいえ、こちらこそ町まで運んで頂き、更に取り引きも進めて頂けるのですから」

 ちら、と、横目でこちらの腕利きを確認する。

 まあ、おだてられて乗せられる程度ではないか。表情は満更でもなさそうだが、視線は冷静だったので、そのまま俺は商業区へと視線を戻した。

「かなり入念な都市計画が練られていたようだな」

 通りの広さ、それに宿や港の位置、居住区や歓楽街。蜘蛛の巣状に張り巡らされた大小の通りは、複雑そうに見えて中央の広場――やや独特ではあるが、俺達でいう所のアゴラで、運動や市民会、演劇なんかを行う――を基点としてきちんと分類されているので、迷うことは無さそうだった。

「ここも新しい町ですから」

 褒められて気を良くしたのか、エレニ――兄の方らしい――が、饒舌に話し始めた。

「他にも、この辺りは、急速に都市整備が進んでいるんですよ。テレスアリアとの交流の促進もありまして」

「テレスアリアとの関係は良好なのか?」

 少し前の市場での取引価格からは、あまり想像出来ない話ではあったが……。

「商売が出来るなら、後は、そう時間はかかりやせん」

 と、胸を張ってエレニが答えた。

 成程、最初は小金を儲けさせて、取引量を増やし経済的な依存度を高めた上で生活必需品なんかの値を一気に吊り上げる魂胆か。

 ……中々食えない連中だな、コイツ等。

「都市を整備って言っても、簡単じゃないだろう?」

 俺の後ろからドクシアディスが声を上げた。それは、俺の疑問でもあったので、背後を振り返らずに、エレニに問い掛ける視線を送る。

「パンガイオン金山が拓かれてから、金貨の流通が広まっておりますので」

 背後でドクシアディスが絶句した気配が伝わってきた。

 想像以上だな。

 金山開発で貨幣を安定させ、先進都市国家の多い南部との交易拠点としてこの辺りを整備しているのか。商店の品揃えなんかを見ても、平凡な土器の他に飾り絵のある陶器も並んでいるし、物流も活性化しているんだろう。あと十年もすれば、人や金が充分に集まり、強国の仲間入りをしてもおかしくない。

 まあ、増えつつある富を狙って戦争を吹っ掛けられるだろうから、それを上手く凌げればの話ではあるが。


 しかし――。

「随分と喋ってくれるんだな」

 俺は足を止め、冷めた声でエレニを見た。

 エレニは、これまでの表情を崩し、才覚の煌めきを感じさせる洗練された笑みを口の端に乗せ、答えた。

「アナタ方は聡い。この情報を知った以上、我々に味方してくれるんでしょう?」

「これまでもそうだったじゃないか?」

 しれっとした顔で言い返せば、向こうももう最初の余所行きの表情へと顔を戻し「もちろん、そうですよ。お得意様」と、揉み手で抜かしあがった。

「航路開拓、一枚噛む気になったか?」

 エレニは首を横に振っている。

「開拓後に参加したら、俺等への手数料もバカにならないだろ?」

「いえ、アッシ等がアテーナイヱと上手くやれる自信がないだけですよ。なら、に任せた方が良い。大陸南方に集中できますからね」

 まずはテレスアリアを口説き落としてから、既存の大国に挑もうって魂胆か。まあ、こちらの狙いともそう反しないし、ここは乗せられておくことにする。

「お互いの利益のため、か」

「その通りですよ」


 どうにも、世界は広いな。

 そこにもかしこにも、腹の中に何を飼っているのか分からない連中ばかりだ。


 俺は、一瞬だけ、能天気に商店の品を見てはしゃぐエレオノーレへと視線を向け――。


 まだ、目を離すわけにはいかない、か。

 ……でも、いつまで?


「ここからは、工房になります。武器も――」

 微かに胸の奥に湧いた疑問を振り払い、説明をするエレニの方に顔を引き締めて向き直った。

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