Aspidiskeー13ー

「そういえば、もう船酔いはしないんですか?」

 炒った大麦の粉を練った餅と、出航前に積み込んでいたヤギのミルクの簡単な昼食を取っていると、さも今思い出したように、キルクスが嫌らしい笑みで確認してきた。

 が、瞬きする間も無く、ヤツは仰け反って仰向けに倒れている。

 俺が即座に裏拳で顔面を打ったからだ。

 会話は聞こえていたものの、決定的瞬間は見えなかったのか、ドクシアディスやエレオノーレ、それに周囲のキルクスの護衛も首を傾げていたので……。

「食事中に寝るなよ」

 俺は、しれっとした顔で言い返した。

 う、ぐ、と、涙目で黙ったキルクスではあったが、それだけで話を終わらせろという俺の意志を汲まなかったバカがもう一人いた。

「なんだ大将、船酔いしたのか?」

 ドクシアディスが、どこか得意そうにそんなことを言いあがった。

「だったらなんだ」

 柄に手を掛けつつ、目を引き絞っるように細くしてドクシアディスを睨む。

 しかし、エレオノーレが近くにいるからあまり無茶はしないと踏んでいるのか、ドクシアディスは若干怯えながらも口は慎まなかった。

「それぐらいで怒るなよ。意外と……」

「意外と、なんだ?」

 鞘を外すと、流石にドクシアディスも黙ったが、エレオノーレが割り込むように俺のすぐ隣に尻をねじ込んできて座ったので、それ以上の事をするわけにもいかなくなってしまった。

 ――ッチ。

 舌打ちひとつで不満を飲み込み、剣を収める俺。ただ、睨みつける視線の温度は変えずにいたので……。

「その……すまん」

 ドクシアディスが、圧力に屈する形で頭を下げてきた。

「出た言葉は戻せないんだ。お前等は俺より弱いんだから、弁えろ」

 謝罪の言葉だけで矛を収めてはその後の示しがつかなくなると考え、釘を刺しておくが、そこまで引き摺るほどの感覚ではないのか、一度頭を下げた痕のドクシアディスは割りとあっさりとしていた。

 苦言のひとつも追加してやろうかと思った矢先、エレオノーレが俺の袖を引いている。

「アーベルは」

「ん?」

「アーベルも、そういうとこ。もう少しおおらかになれば、誤解は減ると思うんだけどな。今のだって、ドクシアディスさん、貶そうとしたわけじゃないんだよ?」

 わかった風な口を利くエレオノーレに、だったらなんだ、と、訊き返したい所ではあったが、その後はどうせいつもの水掛け論が続くだけなので俺は面と向かって言い返すのをやめ、大袈裟な身振りで言った。

「細かいところまで注意できる良いリーダーだろう」

 エレオノーレの言に頷いていたドクシアディスとキルクスが、俺の言葉を聞いて顔を顰めた。口が減らないとでも言いたいのか、周囲の兵隊も苦笑いで応じている。

 ま、そんなもんだろ。それでいい。

 いいはずだったんだが……。


 俺の発言を冗談だとでも思ったのか、楽しそうにエレオノーレが笑うので、周囲には先程よりはどこか打ち解けたような雰囲気が漂っていた。

 それが、……なぜか、……どこか面白くなかった。

 まるで、エレオノーレの狙い通りみたいに思えてしまって。

 エレオノーレを俺の側においておきたいというのは、当人達の事情以上に、周囲の希望が混ざっているのかもしれないな、なんて、柄にもないことが頭を過ぎり、俺は――俺独りだけがどこかすっきりしない気分で食事を飲み込んだ。

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