Aspidiskeー11ー
あれから四日。
情報を集め精査する過程で、出航を止める意見は、出なくなっていった。
春になっても楽にならない、ということが、市場の動き等からも――動きがあるということは、当事国は別としても、俺が示した見解と同様の予想をした人間が、少なくないということの証左で、どちらかといえば一歩遅れたとも見え、あまり面白くないが――証明されたからだ。それならば、先に少し苦労しておこうって心理なのかもしれない。いや、より状況が悪化する前に、可能な限り蓄えを増やしたいって感覚か。
そして更に一日が過ぎ、俺が新たな見解を示した五日後は、小春日和で海が凪いでいた。風も、少し温かくなってきている。天気を読めるという占い師や、熟練の船乗りも数日はこの天気が持つと予想している。
「行く、か」
出港準備は出来ていた。
民間人はほぼ全てここに残していくが、そうなると三隻の船を万全の状態で運用出来ない。
必要最低限の人員を選別し、四百名強の人員での出航となる。
不安が無いと言い切れるような海の状況ではなかったが、ラケルデモン率いるアヱギーナ艦隊も、それと渡り合っているアテーナイヱ艦隊も海へと出ているんだし、そこはなんとかなるだろう。
むしろ、今は、分散行動によるリスクの方が大きい。
ここに残していく連中の自衛と治安維持にも兵士は要る。だが、出航する俺達が海賊や戦争当事国の遊撃艦隊と戦う際には、乗せている兵士の数がものをいう。人員の割り振りが重要だ。
が、今の俺達……いや、戦争を経験し船の扱いにもなれた今の俺には、やれなくは無いはずだ。
キルクス達の船を戦闘用とし、アテーナイヱ人を中心に正規の乗員数の二百名で運営する。残りの二隻は、半々の百ずつでほぼ物資輸送に専念。また、船の人員は、寄港地を中心にアヱギーナ人の難民を多少引き込むことでより円滑な運行を目指す。途中参加組みも、先に定めていた船内法で上手くまとめられるはずだ。
留守番の連中も、それなりに気の利いた兵士を五十程は残していくんだし、もしもの時に逃げる程度の知恵も持ち合わせているだろう。
……まあ、俺としては、民間人の多い居残り組みは、逆になんらかの理由で死んでくれた方が、より傭兵団化しやすくなるので好都合ではあるんだけど、な。
戦闘で指揮をする為に、前衛としているキルクス達の船に乗り込む。
エレオノーレが真後ろから着いてきたが、居住設備がしっかりとしている旗艦へ乗るように指差してみるが――。
「先導するなら、先頭艦に主だった人間は乗った方がいいだろう?」
と、更にその後ろに続くドクシアディスに言われ、渋々同意した。
まあ、船の中なら、目が届く範囲に置いておいた方が確実に守れるか。
「マケドニコーバシオまでの間、また勉強会をしよう」
エレオノーレが、そんなことを、どちらかといえばしたり顔で告げた。
ふぅ、と、短く溜息をついて俺は答える。
「教え甲斐の無い生徒の癖に、偉そうにするな」
「うん。……でも、私は、色々と皆に迷惑を掛けることが多いから、少しぐらいは何かを覚えて役に立ちたいなって」
頷いた後、どこか控えめにそう言って来たエレオノーレ。
「その監督官が俺ってのはいまひとつ納得がいかないけどな」
「どうして?」
不思議そうな顔で、まじまじと俺を見てくる。
「お前は、戦いたいわけじゃねぇんだろ? 今は、お前自身が戦う必要性も少ない。なら、一般教養は、戦うための思考しか持たない俺に教わるより、他の人間に指導された方が良いと思うんだがな……」
ドクシアディスやキルクス――いや、キルクスは狡猾に過ぎるのでダメだな、エレオノーレの肩越しにドクシアディスに視線を向けるが、エレオノーレは俺の正面へと回り込み、頬を膨らませて言い返してきた。
「アーベルだって、戦い以外の事、良く知っているじゃないか」
それは……、と、言いかけたが止めた。
エレオノーレは戦闘技術以外の知識を持っているということについて言っているんだろうが、戦いの知識とは、なにも戦闘技術を指すわけじゃない。戦うことを前提とした、大義名分のための神話、心理戦のための答弁術、糧秣の調達のための商才等で、俺の言いたい事は、知識の根本が戦闘用だって意味なんだがな……。
まあ、その細かい違いを指摘しても、今は理解できないか。
出航を前にして、俺とエレオノーレを見守っている周囲に微妙な居心地の悪さを感じ、渡し板を踏み登りながら俺は背中を向けてエレオノーレへと告げた。
「フン……。ラケルデモン式で、これまで以上に厳しくいくから覚悟しておけ」
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