Aspidiskeー9ー
二十二日後。キルクス達が乗って来た船も含め、三隻の船の整備が全て済んだ。だが、まだ船を出せずにに居る。
「海の状況は?」
臨時で会議を招集し、開口一番に俺はキルクスに向かって訊ねた。苛立ちが口調に滲んだが、それを気にする気はもうなくなっている。
ドクシアディスや、他の主だった連中もいるが、今回使うのはキルクス達――亡命アテーナイヱ人が中心となる。コイツ等が船を出せないなら、別の形に計画を練り直さなくてはいけない。
「まだ落ち着いた、とは言えないですね」
と、一度言葉を区切ったキルクスが、他の連中の顔色を窺ってからつけ加えた。
「古参でも意見が割れておりますから」
ヘレネスの冬は雨季で、雪や霙の日が殆んどだ。河川から海への水の流入量が増し、穏やかなエーゲ海もこの季節は荒れる。
元々、穏やかな海の航行を想定して作ってあるという船では、この時期の航海は不安も多い……らしい。しかし、春まで待ったところで、山の雪が溶け、結局はそう大きく変わらないと思うんだが……。
「春でも初めの頃は、そう変わらないだろ」
疑問を素直に口に出してみる。
「それは――」
今度は助け舟を探すようにキルクスが周囲を見回すけれど、さっきと同じように沈黙しか返されてはいないようだった。
「そうですが」
いじけたようなキルクスをなおも見続けていると、逆上気味にキルクスが言い返してきた。
「急ぐ理由はなんなのですか? 追加購入出来たという食料の量から考えるに、我々のせいで増えた食い扶持も充分に賄えられると思いますし、無理する理由を説明していただかないことには……」
話に割って入ってきたのはドクシアディスだった。
「土地だな」
何度も相談していたからか、俺の言葉が移ったかのような言い草だ。
フン、と、鼻で笑ってから黙ったキルクスにもう一度視線を向ける。
「人が増え過ぎている。秋までを目途にしていたが、お前等の合流で俺達は七百を越える勢力だ。宿四軒っていうか、なんだかんだで増えに増え、この町の宿は殆んど俺等で貸し切りだし、交代制とはいえ一部は船で寝泊りしているからな」
それは……、と、もう一度キルクスは力なく口にしたが、今度はそうですが、とは続けなかった。人数の面でかなりこちらを逼迫させたという自覚はあるのかもしれない。
畳み掛けるように俺は続けた。
「見るか? この町の上層部からの陳情だ。金を落としてくれることに感謝はされているが、ここの都市機能的に俺等を長期間収容出来る余力は無い。ああ、移民としての開拓団への参加要請書も来てるぞ?」
ドクシアディスが、書類を引っ手繰ってざっと斜め読みした後、ポイ、と、ゴミ箱に捨てるような軽さで俺の座っているテーブル――椅子は低いし、いまいち座り心地が良くない――の端に載せた。
「せっかくの家族を、バラバラにしたくはない」
それに、開拓の労働がキツイのを解っているからなんだろう。今の俺達の生活水準から考えれば、まともな神経の持ち主では志願し無いはずだ。ここでは三食きちんと出ているし、メニューもそれなりに工夫させて飽きが来ないようなローテーションを組ませている。
時々は、貴重な小麦のパンまで出してるんだからな。
「となると、侵略、ですか?」
事情及び今後の展開を察したのか、やや険しい顔でキルクスが問い質して来た。
自国への攻撃に戸惑いがあるからなのか、それとも今のこちらの兵力を問題としているのかは、口振りからは分からなかった。
が、コイツ等は、元々中央にいた連中なんだし、そもそもその中央でさえ貧富や階級の差がはっきりした社会であったので、同族殺しへの抵抗は強くないと判断する。
「半分はな」
半分? と、首を傾げたキルクスに付け加える。
「お前等が、新生アテーナイヱを名乗り、手頃な国に承認させるって手もある。まあ、どういう形にするかを考えるためにも、偵察は必要だ。それに、生活するための商売も、な」
まだ誰にも話してはいないが、今回は偵察に徹する。兵士も連れては行くが、隙があっても攻める気は無かった。島を乗っ取るには大義名分と、時節を見る必要性がある。ここまでの情報から判断するに、戦争の最中に占拠したら、ラケルデモンとアテーナイヱの両方に睨まれる危険性が高い。
乗っ取りは、戦争終結のどさくさに紛れて行うのが良いだろう。
アテーナイヱが負けても、ラケルデモンからの侵攻に対する防衛に成功して和平に持っていったとしても、アテーナイヱの財政事情は悪化するはず――事実、包囲した上での経済封鎖をやられている――だ。だから、向こうが大きな作戦を取れないうちに、現行制度への不満を盾に取り、緩い独立――対外的に見ればアテーナイヱの一部だが、税を納める以上の内政干渉を許さない自治領のような形に持っていければ、後は方々の戦災難民を呼び込んで俺の支配する民を増やし、勝手に領土を拡張してゆける。
まあ、自治を認めさせる為にアテーナイヱ国庫へ納める金はそこそこ掛かるだろうがな。反面、初期投資としてはじめに充分な額を落とせば、俺達やキルクス、それにアヱギーナ人に関しても目こぼししてくれるだろう。
最悪、認められなかった場合は、向こうが民主制なのを盾に取り、扇動者を送り込んだ上でそれなりのやつに金を握らせれば、なんとかなると踏んでいる。
もっとも、戦争直後の疲弊した軍隊を、わざわざ遠征させるほど不経済な事もないからな。連中は、流石にそこまでバカじゃないだろう。
素直に金を受け取ってこちらの言い分を認める。というのが俺の予想だな。
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