Aspidiskeー7ー

「しかし、俺達はアカイネメシスと取り引きしたところで旨味は無いしな。……どうしたものか」

 テッサロニケーから俺達自身の手で航路を開拓出来るか否か、そういう意味をこめてドクシアディスを見る。

「無理はしたくないな」

 が、返って来たのはつれない態度だった。

「エーゲ海は基本的には穏やかなんだが、冬は多少は荒れるんだ。雨季だからな」

「僕等の船も、甲板の張替えにもう少し時間が掛かりますよ」

 ドクシアディスに追従したキルクスに、鋭く訊き返す。

「何日だ?」

 どちらかといえば言いたくない様子ではあったが――多分、修繕に時間は掛からないんだろう。だから、言い訳が使えなくなるのを嫌がっていると推察する――渋々と言った調子で答えた。

「二十日ってところですね」

「二十日後、この町の厳冬期は抜けるか?」

「ここは、多分、寒さの山を越えるでしょうけど、北にあるマケドニコーバシオまでどうかはちょっと……」

 キルクスとの話を切り上げ、一度空気が乱されはしたが、ある程度は打ち解けてくれているマケドニコーバシオの商人に向き直る。

「まだまだ冬ですぜ」

 どうにも、俺の味方はいなそうだった。


 諦めたわけではないが、今は流れが来ていないと判断し、素朴な疑問をぶつけてみた。

「しかし、なぜアンタ等は北エーゲ諸島への東方航路を持たないんだ?」

「アテーナイヱが属国化させていますし、だからこそ、嫌がらせを受けていまして……。無理して取り引きすることでもない、ってことになってますので」

 まあ、俺達みたいな武装商船隊は、海賊と表裏一体だからな。海運国の監視領域内を、わだかまりのある国の船がうろついていたら拿捕されるか。

 ならば、と、少し攻め口を変えてみる。

「逆に、提案と言うか質問だが、まずアンタ等をマケドニコーバシオへと送った上で、協力して東方航路を開拓は出来ないか?」

「アーベル?」

 戸惑い、というよりは疑問が多めに混ざった声。

 これまで会話に混ざれずに居たエレオノーレだ。ちなみに、他の連中も頭の上に疑問符を浮べて俺を見ている。

 俺は若干演技過剰気味に肩を竦めてから、前置きとしてエレオノーレらしい意見を言ってやった。

「爪弾き者同士、仲良くしても良いだろう? 輸送網は、上手く扱えるなら金になるんだからな」

 金儲けの――まあ、それを匂わすことで逆にもっと血なまぐさい考えを誤魔化しているんだが――気配に、周囲からは苦笑い交じりの視線と砕けた雰囲気が漂いだした。


 北エーゲ諸島はアカイネメシスに近く、ギリシア世界ヘレネスでは東の果てにある。アテーナイヱが島を保持しているのは、おそらくその海軍力に寄るところが大きい。

 しかし、戦時下の今、アカイネメシスとマケドニコーバシオの圧力が増した――武力的な挑発でなくとも、海運での交易の活発化した――場合、島の保持を続けられられるのか。

 おそらくは島にある都市の生産性次第だが、植民都市の一部を放棄する可能性はある、と、思う。経済や産業、人口の実態を調べてみないとなんとも言えないが。


「アッシ等で即決は出来ないですが……」

 ぼそぼそと仲間内で相談したようっだが、マケドニコーバシオの商人からはそんな返事しか返ってこない。

「マケドニコーバシオの制度は?」

「王制で、どちらかといえば中央が諸都市をきちんと監督している形ですね。現国王の改革で色々と便利になりやした」

 中央集権型か、やっかいだな。王族への取次ぎは時間も掛かるし、俺等みたいな素性の怪しい連中との交渉には応じない可能性がある。俺の名前を出してみるか? ……いや、危険しかないな。そもそも、地理的に離れているラケルデモンについてどの程度向こうが情報を持っているのかも不明だ。

「商人もしくは、商人ギルド独自の裁量でどこまで出来る?」

「……旦那、国に帰って相談させてくださいよぉ。あっし等も、こんな上客に当たるなんて予想外だったんすから」

 情けない声を上げたマケドニコーバシオの商人。

 個々人で自由に出来る金や人員は、アテーナイヱやアヱギーナよりも少ないのかもしれない。――多分そうだな。中央の統制が、しっかりと及んでいるため、資材や私兵の規模を制限されている可能性が高い。

「まあ、そうか……」

 中々厄介だな。

 コイツ等程度が、俺達と中央との橋渡しになるとも思えない。


 考え込んでいると、マケドニコーバシオの商人は、不安そうな目で俺を見ていた。

 ああ、軽食も雑談も済んだし、所在無いのか。

 まあ、丁度良い頃合か、と、話をまとめにかかる俺。

「うん、ありがとう。そちらはここに売りにくるまで陸路で、帰りは冬を越してからの予定だったんだな? 船を出す時になったらまた声を掛ける。まあ、一緒にマケドニコーバシオへ行くか、それとも例年通りここで春まで過ごすのかは、そちらで判断してくれ」

 見送りに、と、キルクスの私兵を呼び、声を潜めて命じた。

「見送りがてら、周囲の様子を見て来い。怪しい耳が無いかどうかを、な」

 マケドニコーバシオ人は、この町でも異端ではあるようだ。他のヘレネスの諸都市のように迫害されず、商売も行えているものの、やはり、買い上げる際の値段や人々の視線からも注視されているのは分かっている。

 だからこそ、それに接触した俺達に対してよからぬことを考える人間が居ないとも限らない。

 それに、マケドニコーバシオの商人自体もまだ信用出来るとは考えていなかった。


 来たのは代表だけだったが、だからこそ、アイツ等の手下が周囲で不穏な動きをしないとも言い切れない。歓心を買うためとはいえ、それなりの金もちらつかせているんだしな。

 なんにせよ、用心しておいて損は無いはずだ。

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