Aspidiskeー6ー
毛皮を競り落とした翌日。
宿のホールでマケドニコーバシオの商人と打ち合わせを行うことになった。
奴等を、みすぼらしいというか、小汚い格好のままで宿の奥まで入れるわけには行かなかったからだ。借り上げているとはいえ、細々した用事は宿の所有している奴隷にさせているんだしな。
「先日は、良い値段で買って頂き……」
深々と頭を下げたのは、三十半ばといった男だった。耳や首筋なんかに垢というか汚れの跡があり、着ている物もウールだとは思うが、よく分からない布を冬だから三重に巻いたような格好だった。
多分、亜麻布が普及していないんだろうな。南方との取り引きや、それなりの商業国とのコネは持っていないんだろう。
……なら、付け入る隙は大きいか?
「いや、こちらこそ。ご足労願ってしまい」
今は主にドクシアディスが、簡単な挨拶を行っている。これは、ある種の外交戦だ。最初から手札を全部見せるってわけにも行かない。
ドクシアディス以外にも、船の主要な人物達による季節の挨拶から、時事問題――とはいえ、今行われている戦争や、先の戦争に関してはさわりの部分だけで突っ込んだ議論はしなかったが――、商売の動向などが次々と話されていく。
目新しい話はないが、ヴィオティアの人質だった皇太子が王となってから、徐々に国も良くなりつつある、らしい。まあ、伝聞――しかもその国の国民による自己申告――なのでどこまで信用できるか、微妙ではあるが。
世間話という情報収集も一通り済んだところで、俺も話に加わった。
「少し、休憩にしようか、軽食を準備している」
吹き抜けの二階へ向かって呼びかけると、キルクスが連れて来たアテーナイヱの連中によるアテーナイヱ式の軽食と湯で割ったワインなんかを出すと――。
マケドニコーバシオの商人の表情がやや険しくなった。
「アナタ方は、アテーナイヱの商人なんで?」
キルクスから聞いていた通りの反応に、手で口元を隠してにやりと笑う。
「いや、コイツ等は戦災難民で、小間使いをさせているんだ。アテーナイヱとはわだかまりが?」
白々とした態度で俺が訊き返すと、小間使いという部分で安心というか嫌悪感が反転したのか、打って変って相好を崩して話し始めた。
「北西の外港都市ダトゥを巡ってイザコザが絶えないですからね。アイツ等、アッシ等の都市ヒッポロイの南部に勝手に入植地を作りあがって、海路を押さえて嫌がらせしてきあがるんでさ」
「と、言うことは、アテーナイヱの島嶼部への東方航路はもっていないか?」
日常的に商売をしていないとはいえ、近い国であることは確かだ。それに、確執があるなら、戦うための航路の一本も保持していてもおかしくは無い。
しかし、俺達のそんな読みはあっさりと砕かれてしまった。
「外港都市ダトゥまでの海路なら……。ここからだと、マケドニコーバシオの主要港のひとつであるテッサロニケーを経由していけますが……」
「テッサロニケーまでは案内できるのか?」
落胆を隠して、確認してみる。
「アッシ等も、冬以外は船でここまで来てますからね。冬は、山で狩りなんかをさせてもらいながら、ここいらで春まで過ごして、春に来る仲間の船で戻ります。厳冬期に山越えするのは死にに行くようなものですからね」
「ふうむ。しかし、テッサロニケーはどこと交易しているんだ? ここだけか? それはそれで非効率な気はするが……」
地図から見るに、立地的には、内陸部からの品物を川沿いに運んで、外国へ出すには良い場所のように見えるが、そうでもないんだろうか? 港湾設備が整っていないだけか?
俺のそんな疑問に、マケドニコーバシオの商人は言い難そうにしてはいたが、ワインで口が軽くなっていたのか、それとも品を良い値で買ったことで好感も買えていたのか、他の連中の前では絶対に口に出来ないことを喋った。
「その……アカイネメシスとも取り引きを……」
「まだあの国と切れてなかったのか⁉」
大声を上げたドクシアディスを制し、他の連中を目で黙らせてから、俺はニッコリと笑ってすっかり萎縮してしまったマケドニコーバシオの商人に向き直る。
食事へ伸ばしていた手が止まっていたので、どうぞ、と、掌を差し向けて促し、ごく普通の調子で俺は言った。
「利益を求めるのは商人としての正義だ。アナタ方は正しい」
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