Azmidiskeー9ー
だれて来た議論に辟易し、おもむろにドクシアディスの方に向き直り、若干声を抑え。
「これは、お前等アヱギーナと、コイツ等アテーナイヱの問題だろ。深く考えずに心の赴くままに決めちまえよ」
と、唆してみる。
しかし、そんな俺をドクシアディスは物凄く嫌そうな顔で見詰め返し――。
「ばっちり加担してただろ! 黒幕風によ」
そう盛大につっこまれてしまうと、どこか喜劇的になってしまう。場の緊張感がはじけたのが解った。
所々、クスクスと女性陣の笑う声も混じっている。
ふむ、と、もっともらしく頷いてから、俺は言い返した。
「しかし、俺が悪巧みしなかったら、お前等は全員ここに揃えなかったぞ?」
「だからだよ」
「アン?」
「大将が命じれば、不満があるヤツだって黙るさ」
周囲を窺えば、ドクシアディスの言に賛同しているのか、大きく頷いて見せる人間が多かった。
まあ、それが俺とコイツ等の距離なんだろうな、って思う。エレオノーレとは違う。
俺を見る目に、恐怖が混じっているのには気付いている。俺が人を殺す度に――そう、あの自分達とは無関係の山賊を殺す場面ですら――少なくない恐怖を感じていたはずだ。自分達はそんなことをしない、出来ない、と、区切って見ている。
エレオノーレがいる限り、俺を味方として使える。しかし、ひとたび枷が外れれば暴走する、そんな危険物としての認識なんだろう。
命令に背けば殺される。背かない限り、安全を保証される、そんな抜き身の――諸刃の刃だ。
改めて、周囲の反応を窺う。
どうにも、ドクシアディスはキルクスたちを助命したがっているようだな。
わだかまりが全く無いという表情ではないが、共闘した経験からか、はたまた情に絆されたのか、理由は不明だが、殺すまではしたくないのは確実のようだ。他の部門のリーダーは、無関心と言うより、俺に追従すると言う姿勢だな。どちらかといえば、損得で物事を考える癖がきちんと出来ているんだろう。
ああ、あと、エレオノーレは仲間に加える派の筆頭だ。
と、なれば、後は一般構成員――という表現も変だが、俺達は国ではなく市民となる基準も定めていないので、こういう場合の所属者の名称に困るな――の感情次第なんだが……。
これが、最悪だな。
意見が割れている。殺したい派一割、殺したくないが合流もいまひとつって感じなのが二割、合流賛成派一割、日和見が六割って所か。
正直、決めるのがかなり難しい。
ん――、と、思わせぶりに悩んで見せてから、急に静かになった場内にちらっと視線を向ける。
「せめて、参考までに……」
と、最初に俺の意見を訊いてきた若いの――と言っても、見た感じ俺より年上だが。いや、それを言うなら、かなり若い部類に入る俺とエレオノーレが大将と姉御と呼ばれている時点でおかしいか――が、ダメ押しとばかりに言った。
ふ――、と、長く息を吐く。
これしか、ないか?
「んー……。面倒だし、じゃあ、殺す」
「はぁ⁉」
決めてくれといってたくせに、集まった面々は戸惑ったような声を上げた。
なにか問題が? と、真顔で見回すと、ぎょっとした顔で見返され、慌ててアテーナイヱ人に対する弁護が始まった。
「いや、いきなりそれも極論では?」
とか。
「殺してしまったら、もう取り返しがつかないですよ?」
なんて反論の声が、挙手も無くあちこちから投げ掛けられてくる。
「じゃあ捨てるか?」
訊き返してみるが、それも、と、どこか歯にモノが挟まったような返事しか帰ってこない。
は――、と、これみよがしに溜息をつく。
「はっきりしねぇなあ」
苛立ったような声を上げれば、サッと周囲の顔に恐怖の色が走った。
ハン、と、顎を突き出して見下す視線で周囲をねめつける。
「あのな。殺したくも捨てたくも無いなら、はなから結論は出てんだろ。無駄に時間を使うな」
止めとばかりにそう告げれば、返される苦笑いで、そのまま場が落ち着き、議論は収束へと向かっていった。
ドクシアディスが、どちらかといえばやれやれと言った顔をしていたが、なぜかエレオノーレは少し辛そうというか、どこか切実な……困ったような目で俺を見ていた。
結局は自分の思い通りになったって言うのに、変な女だ。
まあ、少し前から変のベクトルが変わってきている気はするんだが、な。特に何も相談してこないので、俺もなにか対応をとっていない。俺じゃなくても、もっとそういうのに気がつくヤツは、きちんと気付いて対応しているだろう。多分。
ここでは、もう、ふたりぼっちじゃないんだからな。
「では、次の議題に移る。船の編成についてだ。これは、コイツ等が乗ってきたのを戦闘用として、前方に配置。アテーナイヱ兵も大部分はそこに乗せる。反乱や喧嘩を見張るため、航行中は俺が隔日で船を監督する。是か非か?」
今度の議題は、迷う余地も無かったのか、満場一致で可決された。
そして、更に次の議題に移る前に、キルクスが小声で訊いてきた。
「お礼を言うべきでしょうか?」
ふん、と、鼻で笑って小声で返す。
「そうしたければしろ。俺に対して、という意味ならいらん。働きで返せ」
キルクスは無言で後ろに下がって、議論の行く末を眺めていた。働きで認められるまで、しばらくは口を出せないと自覚しているんだろう。
パンパン、と、手を叩き、俺が少し目を離した好きに脱線しかけた話を本来の流れに戻す。
「次、仕入れの品と量から、備蓄にまわす分と売りに出す分を決めて、更に卸す場所も決めんぞ。ほら、前の話題をひっぱんな意見があれば、こそこそせずにきちんと言え!」
「う~い」
気の入ったような、そうでもないような返事。ったく、素直なんだかなんなんだか。
まあ、一番大きな議題が過ぎたので、少々中弛みし始めているんだろう。女連中は、この後の議題に興味は無さそうだしな。
程々で、各部門のリーダーだけを集めた会議へと移行するか、と、集まった顔の緊張感から判断し、そのタイミングを計るための無難な議題を数件成立させる司会進行を俺は始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます