Azmidiskeー3ー
戸惑ったままの役人に口止めの賄賂――山賊に渡さなかった金を充てた――を渡してから、旗や所属が分かるようなものを外させる。都市の上層部……もしくは、この国の上の方に報告させるかは保留だな。コイツ等の扱いも検討中だし、まだ対外向けに報告する物語の筋道を決めかねるな。
これまで、海路でこの国――というか、俺達が把握しているのはこの港湾都市イコラオスだけだが――に逃れてくる、戦災難民はいなかった。
五分五分の戦況が続いているから逃げる必要が無い、と、読む見方もあったし、ラケルデモン配下となったアヱギーナ艦隊による海上封鎖の可能性を訴える者まで、かなり幅のある見解が示されていたが……。
「おい」
ドクシアディスが、不機嫌な調子で俺に耳打ちしてくる。山賊に使わなかった金を、侵略国の人間の為に使ったのが気に食わなかったのかもしれない。
まったく、幼いというかなんと言うか……。
「情報を吐き出させてからだ。まだ好き嫌いで判断するな。最優先は、使えるか使えないかだ。情報を得た上で利用価値が無ければ、お前等にくれてやるよ」
冷めた目でドクシアディスの発言を封じてから、有無を言わさずに命じる。
分かり易い感情の変化なんて、端から気付いてる。だが、今は個人的な感情を慮ってやるよりも重要なことがある。
ドクシアディスは、結局、山賊を殺したときよりも不機嫌そうに口をつぐんで成り行きを見守っていた。
まあ、この国が戦争に参加していない以上、都市に逃げ込ませただけでも場合によっては侵攻の口実になってしまうんだし、感情論以外の部分でも危険ではあるが……。
しかし、陸路ではラケルデモンからここに来るまでにはかなりの距離があり、かつ、ラケルデモンの敵対国もいくつか越えなければならない。海路の方も、敗戦直後のアヱギーナ艦隊と元々数の少ないラケルデモン艦隊では、アテーナイヱに集中するだけでこちらに回す余裕は無い筈だ。
時間があるなら、充分な応手は考えられる。
力で捻じ伏せていいなら、コイツ等の不満もしばらくは押さえられる。その間に、情報を吐き出させればいいだけだ。場合によっては拷問してでもな。
状況に不安は少ないと判断する。
船から降ろし、港に整列させたキルクスの手勢は――。
「これで全員か?」
兵士……ってか、武装させた男――老若の者も含む――が百に、その家族と思しき女子供それと老人が四十強。戦時で二百名、ただの輸送船としてなら最大で三百名程度が乗れる――もっとも、後者の数字が正しいのかは、俺達の実体験だけに基づくので怪しいところはあるが――俺達の旗艦と同型船であることを考えれば、かなり少ない。
出航の前か後か不明だが、なにかあったのは確実だな。
乗り込んでいた連中の顔に、疲労の色が濃い。充分な食料や水が無かったんだろう。
「ええ」
神妙な面持ちで頷くキルクスに、現実的な問題をぶつけてみる。
「この時間から宿は押さえられんぞ?」
こちらの部屋を明け渡すまでの事をするつもりもないし、それは不可能だ。アヱギーナ人の反感が、押さえられない所まで高まる。
少なくとも、尋問を終えるまでは手出しする気も、させる気も俺には無い。
「この船では寝られませんよ。そちらの船をお借りしても?」
皮肉のつもりなのか、元は自分の船のことを、敢えてアクセントを置いてそちらの船と呼んだキルクス。
「あん?」
さっきの言動から、こうした無駄な挑発をして来る理由は分からなかったが……。
船を指示し、見ますか? と、訊かれたので、兵士の武装解除と俺達の船への護送が始まったのを見届けてから、ドクシアディスだけを連れて、キルクスと共に連中の船へと乗り込むことにした。
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