Azmidiskeー2ー

 演習から帰り着いてすぐ、なんだか分からないままに引っ張られてきた港では、役人と誰かが揉めていた。

 ……いや、誰かなんてモノじゃないな。かなりの大人数だ。兵士? ウチの人間ではないようだが。夕暮れ時の遠目のシルエットでは誰だかわからない。しかし、徐々に近付くことで見えてきた。動きにくそうな丈の長い紫のウール布をエクソミスで纏った癖毛の男だけは、はっきりと見覚えがあった。

 ――ッチ。そっちか。

 更に、めんどくせえことになってきあがった。

「ウチの兵隊は?」

「船の番をさせている連中が一番近い、三十名」

 ドクシアディスも役人ともめているのが誰なのか気付いたようで、緊張した声を返してきた。

「呼べ」

 ドクシアディスが駆け出したが、その急な動き――足音を聞きつけられたのか、アテーナイヱの連中に気付かれてしまった。

 場の空気が瞬間的に張り詰める。

「あ! アーベル様!」

 キルクスが叫ぶと、港の役人が救いを求めるような顔でこっちを見たので、俺は無表情で役人に向かって告げた。

「悪いが他人だ。だが、協定により、捕縛するなら手助けする」

 援軍はまだ到着していなかったものの、演習帰りでまだ武装しているのと、町の警備に参加していた手駒が二十名前後は居るので、桟橋の出口を味方に塞がせつつ、俺は得物を構えて一歩踏み出した。

 しかし、キルクスは武器を持たない手を見せつつ――とはいえ、周囲を固める護衛や、船の近くに展開している兵士は武装しているんだが――、敵意が無いことをアピールしてきた。

「アテーナイヱの意思でここに来たわけではありません。配下に加えてください」

 コイツとの付き合いで把握している、焦っているときの顔だ。嘘や演技って訳ではなさそうなんだが……。

 状況が全く分からんな。

 配下に? 再度の援軍として契約したいってことか? ……もしや、既にアテーナイヱは落ちたのか?

 地方で再編中という状況が思い浮かび、少し緩んでしまう口元を左手で隠して考えているふりをしながら俺は尋ねた。

「……手土産はあるのか?」

 取り合えず、戦争に関する情報が欲しいのも確かではあるので、町の上の方が出張ってくる前にまず俺達で話を聞く。殺すか、町の上層部に引き渡すか、それとも懐柔するかは、状況次第だが――。

 まあ、仲間のアヱギーナ人の闘争本能を刺激する生贄には丁度いいかもしれない。

 先の戦争の事もあるし、なぶり殺しにしたいヤツに処理させれば、多少は兵の質があがるだろう。怒りや恐怖は、戦争へと人を向かわせる大事な要素だ。


「この船と手勢では少ないでしょうか?」

 どこかやつれた顔で、背後の船と周囲の味方を右手で示しながら、僅かに首を傾げて見せたキルクス。

「ああ、少ないな」

 はっきり言ってやると、キルクスは落ち込み、アテーナイヱ兵は若干殺気立った。

 剣呑な空気を、慣れた物と、ものともしないで俺はニヤケ顔で更に脅してみる。

「俺の手下がどんなモノかは分かってるんだろ? 人材だけが手持ちの全てなら、今助けても、今後の扱いは保証しかねるぞ」

 キルクスは挑発に乗ってこなかった。捕縛の口実となるのを政治的判断で避けた……というものなのかは、少し判断が難しいな。先の戦争での俺の実力から判断し、もっと組みやすい相手が出てくる――この町の上層部や兵士――のを待っているのかもしれない。


「それでも構いません。チャンスは残されている、とも解釈できますからね」

 多少の強がりが混じってはいたが、声の張りが無い。

 ふうん。

 少し、予想外の反応だった。俺達と一緒に行動をしていたキルクスの性格から、もっと下手に出て隙を窺うか、逆に強気に出てあの騒動を責めつつなにかしらの要求をするものかと思ってたのに。


 まあ、それだけ大きな何かがあったってことか。

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