Alsuhail Almuhlifー9ー

 充分とはいえないまでも、部隊としての性能の感じがつかめたことと、ファランクスの隊列展開と移動が多少マシになったので、概ね予定通りの三日目の午前で演習を終えた。

 それに、訓練が始まってから傷病者ががくんと増えたのも訓練を終わらせた理由のひとつでもある。

 一番多いのは足の怪我、次いで凍傷。自分の持っている槍を扱いきれずに、仲間や自分自身を軽く斬った怪我も少なからず報告されている。

 食事もそうだが、娯楽の無い環境に、兵の士気も目に見えて下がってきていた。防衛戦以外での市民軍は、やはり、あてにならないものらしいな。

 ん、む。

 不満は多い。が、これ以上は得るものはない。

 ……撤退だ。


 陣地を払い、余分な木材は破棄し、その分を傷病者の輸送に充て、帰り支度を終えた頃。

「大将」

「あン?」

 呼びかけられて、視線を向けると、明らかに連れて来た兵士じゃない男が、俺の前に歩み出てきた。横目でドクシアディスに問うが、首を横に振られる。

「誰だ?」

 武装は軽度。剣と革の投石器を腰に、そして、俺達のようなクライナ羊毛の厚手の外套ではなく、簡単にしか加工していない獣の毛皮を防寒着にして身体に巻いている。

 臭うな。

 いや、戦闘の予感とかではなく、単純に、目の前の汚いなりした男の体臭が。冬でこれなら、夏は擦れ違うだけで吐き気を催してしまいそうだ。

「コイツは、ここの人間だろう?」

 口の聞き方さえなっていない。殺そうかと思って剣に手を伸ばそうとしたが、ドクシアディスに止められた。

「ああ」

 ドクシアディスの返事に、男の後ろを見れば……。

 いや、多分、俺の仲間なんだろうが、全員を覚えてもいなかったしな。多分、交易港湾都市イコラオスで留守番させてる連中ではなく、……ああ、前に送り出していた商隊の一員か。賊に捕まったってことか?

 まあ、状況も不明なのでドクシアディスに少し任せてみる。

「なにがあった?」

「山間の村での交渉が成功しまして、売り惜しみしていた穀類を安く仕入れられたんですけど……」

「『通行税』を渋ったのか?」

「いえ、行き帰りの分をしっかりと払ったのですが」

 ちらっと、商隊のヤツが汚い男を恨みがましい目で見た。汚い男は、品の無い笑みで告げる。

「荷馬車が増えるなら、その分も払ってもらわないどなぁ」


 なるほどな。

 バカがおこぼれ狙いで騒いでるのか。しかし、通行税? 山賊風情にコイツ等は金を出したのか? ……まあ、ドクシアディスも普通に対応しているので、商売でそれは普通なのかもしれないが、どうも、面白くないな。

 話が終わったなら、と、剣を再び抜こうとしたが、それもドクシアディスに止められた。

「それで、幾らだ?」

 結局払うのか。

 金額の交渉をしているドクシアディスの背中を見ていると、腕の一本でも切り落とせば、アジトまで素直に案内するだろうに、と、どこかバカらしい気持ちになりはしたが、まあ、金を見せて案内させても同じことなので、取り敢えずは黙って任せることにした。


 もしもの時用に少しだけなら金も持ってきていたし、何人かの兵士もそれは同じようだったので、ドクシアディスが借用証を作り、部隊から金をかき集め、言われた額をなんとかこの場で用立てた。だが――。

「本気か? お前」

 金を数えて袋にまとめるドクシアディスに訊ねる。

「普通の事なんだよ」

 どこかぶっきらぼうにドクシアディスが言い返してくる。

 普通の事っつってもな。

「山路は、危険も多い。ひとつのグループが押さえ、ルートそのものの整備を行っているなら、使う金だって投資なんだ」

 どうかな、と、俺は感じた。

 商隊の移動に掛かっている時間から、道の整備をしっかりしているようには思えないし、身形や口調から察するに、山賊内の規律も良いとは言えなそうだ。

「仲間は捕まってるんだからな。危ない真似はするなよ」

 釘をさしてきたドクシアディスに、「お前は、仲間の安全を守れさえすればいいんだろ? 分かってる」と、返し、俺は十名程度の護衛を選抜し、ドクシアディスと共に山賊についていくことにした。


 捕まった仲間が、まだ生きてるとでも思ってるのかね、なんて、当たり前の疑問は口にしないままで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る