Alsuhail Almuhlifー8ー

 山の麓に着いたのは二日目の正午だった。

 なので、そこからすぐに健康状態を確認し――傷病者十名重症なし、内訳は風邪が八名に軽度の凍傷と足の怪我が二名――、そのまま大休止とし、昼食を済ませ、食後すぐの運動を避け、体力気力が尤も充実しているタイミングでのファランクスを組んでの前進訓練を始めることにした。


 一列を九名、それを九段に配した正方形の密集陣を組ませ、余った数名を笛手や、誘導兵――ファランクスの両側面のやや前方を進み、盾で視界の悪い兵士に進路や障害物を伝える――、医療班とする。

 左手には大盾、右手には大人の背丈の倍ほどの長さの槍。盾で隣の味方を守りつつ、右手で槍を突く、一般的な重装歩兵だ。

「よし! 前進!」

 笛手の合図で、ひと吹きで一歩前に進む重装歩兵。


 一歩目では、まだ分からない。二歩目、三歩目も、まあ進めてはいる。しかし、それが三十歩目を過ぎた頃から問題が出始め、百歩進む頃には、喜劇になった。


「止めさせろ」

 笛手に命令して、進軍停止の合図として長く笛を吹かせた。

「お前等、そこから陣を組んだ方向を振り返れ!」

 そう命令するものの、隣のヤツの盾や槍が引っ掛かるのか、相当もたついた動きで振り返る兵士達。

 その視線の正面に俺は立っていない。

 連中から見て、大きく左に逸れた位置に俺は居る。

「いいか? 盾の関係上、ファランクスの進路が右に逸れるのは仕方が無い。だが、これだけずれれば、会敵せずにすれ違うぞ? 意識して左側へと進む感覚で前進するんだ。盾の持ち位置を工夫しろ」

 命令し、ためしに、元の位置へと各自自由に戻らせてみる。

 やはり、自由戦闘には尚更向かないのか、自分の盾に膝をぶつけて転ぶヤツに、転んだヤツに足を取られるヤツ、装備の重さで――背中に背負うのと、腕に装備するのではバランスが違うからだろうが、なにもなくても左右にふらつくヤツ。


 仮にだが、すれ違った後で側面攻撃は――いや、駄目だな。意表は衝けるかも知れないが、行進の速度自体がそれほど速くないし、方向転換では更にもたついている。

 かといって、全部を投石兵にしたところで、決定力に欠けるしな。

 陣地構築で上手くやるしかないか?

 前の戦争での投擲攻撃の精度はそれほど見劣りするものでもなかったし、柵を何重にも配置して、越えようと足並みが乱れたところを撃っていく、とか。

 いや、普通の指揮官なら、そんな柵があるなら、迂回路を探すか。


 ――ッチ。

 本当に、どうしたものかな。


「よし、再び並べたな。いいか! 意識して左に、だ! 前進!」

 腕の振りや、足運びを細かく観察する。右腕一本で槍を操るのも、左腕一本で盾を保持するのも、慣れがいる作業だ。事実、一度目と比べて盾の位置がやや下がっている。肩の筋肉の疲労の影響だろう。

 しかし、そのせいで、盾に身を隠そうとする左隣のヤツが右や後ろにずれていき、進むにつれて折れが激しくなっていく。


 注意は払ったんだろう。

 だが、連中の努力の結果は、俺が求める練度には到底及ばなかった。

「小休止! ただし、交代で陣地構築用の木材を、進路上に建てろ。木で区切ったスペースを今度はなぞるようにして進むんだ。一歩ずつ、確実に真っ直ぐに、な」

 言ってて少し情けなくなるな。

 多分、戦力を比較するなら平均的な国の常備軍の兵士一人とコイツ等三人で対等ってところか。戦う際には余裕を見る必要もあるので、一戦する際の敵戦力は五十~四十……。ありえないな、どんな小規模な村を攻める気なんだって話だ。

 てか、その程度の数なら、俺独りで闇討ちした方が速そうだしな。


 どうにも……まいったね。

 ドクシアディスの様子をそれとなく窺うが、あまり下に見られたくないのか、俺よりも躍起になって指示を飛ばしている。

 サボり癖があったりとか、そういう悪い連中ではないんだ。いや、だからこそ難しい。目立った欠点なら、それ以外の能力で補うが、全体的に平均して低いレベルってのは、な。


 ふ――っと、また曇り始めている空へと向かって俺は大きく息を吐いた。

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