Alsuhail Almuhlifー7ー

 行軍そのものは順調に始まった。

 基本的には二列縦隊で、完全武装の前衛、前衛の荷物も持つ第二陣、防具は着用しているが、盾や槍は背負い武装せず、ひとり分の荷物と簡単な障害物用の木材や建築道具を持った中央、中央のみは四列で、完全武装した部隊が脇を固めている。そして、俺とドクシアディスのいる最後尾は、四つの小隊を、横列で後方警戒させつつ、順繰り前進させている。

「足を速めようとするな。いつもより、ゆっくり進むことを意識しろ。そして、周囲の兵士との歩幅をあわせることに気を遣うんだ。戦場では、隙間を作らないことが重要になる。戦列に折れが入れば、そこを槍で抉じ開けられる。そうなれば、後は壊走するしかないんだからな」

 進軍速度や、列の乱れに注意を払いながら、指示を飛ばす。


 反抗的な兵士は少ないな。基本的には素直にいうことを聞いている。

 まあ、同じことを戦場でもきちんとできるかはまた別問題だが、平時にできないことが有事で出来るようになっていることはないんだし、くどいくらいに言い聞かせ、なにかあった際に耳に浮かぶようにさせておく必要がある。

 本当は、自分の意志で考えられる軍隊が理想だが、今、それを求めるのは酷だ。

 基本だけでいいから、しっかりと叩き込むと決めた。



「よし、ここで大休止だ。昼食にする。食事は、炒った大麦と干した果物一切れだ。それ以上浪費するな。接敵までの時間もぶれがあるのは当然で、戦場では節約も戦いだ。しっかりしたものは、野営の陣地構築と平行して調理班を決めて行う」

 太陽が丁度真上に来たのを見計らい、俺はそう号令をかけた。

 不満は――、あるがごく僅かってところか。町を出て一日目だ。肉や魚、それに生の果物が一食ぐらい食えなくても、そこまで士気には影響しない。まあ、夜にはテントを張り、簡単な防御柵を備えた野戦築城――まあ、城ではなく陣地だが――を行うし、その際には、煮炊きするので、この四日の訓練でそこが問題にはならないと思う。っていうか、それを確認するための演習でもあるしな。

 普段の食事と比べれば、格段にみすぼらしく、小さな袋から炒った大麦を掴んでボリボリと齧る。炒る際に塩は混ぜてあるが、まあ、エレオノーレの作る食事より若干ましな程度の物だ。

「悪く、ないんじゃないか?」

 俺の横で、柵用に持たせていた木材を椅子代わりにしたドクシアディスが、俺と同じように味気ない飯を、俺と同じような音を立てて噛みながら言った。

「飯がか? お前の舌を疑うな」

「兵の質だ!」

 怒ったように言い返してくるドクシアディス。

 まあ、分かってはいたけどな。

「これからだ。そもそも半日の移動でへばるなら、後方要員に回すさ」

「ひとりも残らなかったりしてな」

 冗談っぽくではあったが、まるっきり冗談にならないかもしれないことをドクシアディスが言い……、少し考えてから俺は答えた。

「傭兵は忠誠心にも問題があるし、金もかさむから使いたくは無いんだがな……」

 茶化せるような状況でもないと分かってか、ドクシアディスは少しムスッとした様子で下を向いた。コイツも分かっている側の人間だ。早めに、一戦してどっかの領土をかっぱらわないと拙いことを。

 攻める場所、か。

 コイツ等の中に、良い場所の心当たりがあるヤツがいれば良いが。

「今、どんな計画を考えてる?」

 ドクシアディスが、どこか不安そうに俺に訊いてきた。口振りから察するに、自分自身の考え、というものは無さそうに感じる。

「アヱギーナ本島は、まず除外だな。西域の島嶼部もラケルデモン本国が近いし、除外。離れた辺境なんかに殖民都市は無いのか?」

 ううん、と、唸られたがすぐに首を横に振られてしまった。

 そうなんだよな、あちこちに殖民都市を作るのに熱心なのは、むしろアテーナイヱの方だったようだしな。その海上交通網が、結果的には立場の逆転を生む原動力だった、と、俺は推測している。

「むしろ、エーゲ海を挟んで東の島嶼部はどうだ?」

「あの辺りは、アテーナイヱ領だろう?」

 それに、場所によっては東の大国のアカイネメシス本国とも接する。現状、あの国が以前のようにヘレネスへの大規模侵攻を準備しているとは聞かないが、国境付近ではイザコザが絶えないのも事実だ。

「だからこそ、気兼ねなくオレ等は戦えると思うが……」

 ん、む。

 歯の間に挟まった、炒る際に取り切れなかった籾殻を舌で絡め取り、ベッと吐き出す。

「とはいえ、偵察と調略が難しいのが懸念だな」

 城攻戦をやりたくはない。商売のふりをして、内通者を作り出し、攻め込むと同時に門を開け放たせようと思っている。と、言うか、そうしなければ都市の城壁に取り付く前に削られて負けると思っている。

 住人の数も問題だ。こちらの兵数から単純に割り出すに、兵士百、住人五百未満の小島ぐらいしか、攻め落とせはしないだろう。そんな都合のいい離れ小島なんてあるのか?

 そもそも向こうに、探りを入れるにも、アテーナイヱ相手に、こちらの素性を完全に隠しきれるか不安なので、曖昧に返すしか今は出来なかった。

 ドクシアディスもこれ以上言えることが無かったのか、水を飲んで食事を終えたので、俺達は再び出発することにした。


 そして、夕焼けになる前には移動を止め、簡単なテントの設営と陣地構築、野外調理と食事を済ませ、初日は概ね無事に過ぎて行った。

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