Alsuhail Almuhlifー4ー
借り上げた宿兼飯屋の一番良い部屋に戻ると、すぐに俺は暖炉に火を入れた。たった数日前には平気だったのに、いつの間にかもうすっかり冬の気温だ。雪がちらつくことも増えた。
朝に開けっ放しで出た窓、を閉める。
まだ夕暮れではあったが、日が落ちるのがずいぶんと早くなっていると感じる。
少し早い時間だが仕事に集中して締めるのを忘れたくも無いので、重い木の窓のつっかい棒を払って窓を閉める。暖炉とテーブルの上のランプだけが部屋を照らしている。寒気を遮る厚い窓のせいか、外の灯りが入り込む余地は無い。
上着代わりに、毛布の下に敷く予定の薄い布を一枚羽織って、椅子に座った。
ラケルデモンと比べればここは肌寒いが、まだ凍死するって程じゃない。もっとも、もう少し北上すればそれも分からないが。
ただ、まあ、火があるのは、なんだか安心する。暖を取れる、というだけの理由以上に。
船だとこうはいかない。
薪の爆ぜる音は、どこか心地良かった。
人も多いし、来年の冬までには陸に拠点を確保したいところだ。いや、農業を考えれば、小麦を蒔く秋まで、か。
どこまで進んでも中々楽にはならないものだな。ひとつ問題を片付けたと思ったら、別の問題が二つ発生しているような状態に、苦笑いしか浮かばなかった。
それからすぐに、行軍訓練のための書類仕事をはじめた。
最初の頃と比べて、帳簿なんかを見るのが苦痛ではなくなってきていた。
しばらくすると、エルがまたひとりで部屋に忍び込んで――いや、普通にドアから入って来たので忍んではいないが、ノックもせず許可も取らずに入ってきた。いくら言って聞かせても、エルはノックの習慣が身につかない。
「明後日から訓練なのに、なにをしてるの?」
「だからこその仕事だろ」
顔も向けずに素っ気無く答えて、必要な品物の見積もりを続ける。
輜重隊を独立させられるだけの規模ではないな。
必要なものは兵士個人に持たせ、馬や牛は使わない方がいい。金の節約にもなるし、荷物を運ぶ訓練にも丁度いい距離だ。荷は、兵士一人当たりの日の食料四日分と念のための予備を少々――水は川沿いを進むとして、大麦と塩、後は固く焼いたパンと魚の干物、干し果物か――ちょっと軽過ぎるか? 嵩張りはするだろうが、剣一振りと大体同じ重さだな……。追加で、野戦築城のための丸太を一本、鎚や斧なんかの構築具……まあ、これは武器防具と同じで略奪品を応用すれば良いか。
そして、懸念の医薬品。使うか使わないかは不明だが、持って行かないと困るものだ。備蓄もあるが、在庫を切り崩し過ぎたくは無い。古いのを使って、新しく買い直して補充すると……。
ん――む。
結構、金が掛かるな。戦争するのは、個人で略奪して好き放題しているのとは違った面倒さがある。我慢しろと言って、素直に従う兵隊ばかりじゃないしな。逃亡されても、軽い擦り傷で破傷風になられてもつまらん。
エルは、船での一件が堪えたのか、俺が書類から目を上げるまでは大人しく部屋の隅で壁にもたれ掛かっていた。
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