Alsuhail Almuhlifー3ー

 装備や陣形等、戦術面の議論を持ちかけた俺に対して、ドクシアディスは耳慣れない言葉で返してきた。

「罪悪感の克服?」

 訊き返すと、したり顔で頷かれる。ドクシアディスだけじゃない。周囲の各部門のリーダーもドクシアディスの意見に同意を示している。俺以外の連中は、どうもそれを問題としているらしい。

 しかし……。

「そう、人が人を殺すには、武器の扱いや陣形なんかの鍛錬よりも、まずは敵を殺すために必要な勇気って言うか。戦場に向かうための精神論を教えてくれないと、結局は戦えなくなるだろう」

 んん?

 ドクシアディスがなにを言っているのか分からなかった。あ、いや、エレオノーレも似たようなことを言ってたか……なんだか、随分と昔の気はするが。

 ええと、他人に殺されるのが怖いんじゃなく、人を殺すのが怖い……んだよな? 多分、そういう意味の事をコイツ等は言っているんだと思う。う、む。なんでだ? どういう感覚だ? 殺さなきゃいけない場面っていうのは、少し違う見方をすれば、殺さなきゃ殺されるか相当な不利益を被る場面でもある、よな。そんな緊急時に、なにを悩むってんだ?

 もしかして、慣れの問題を言ってるんだろうか? ああ、いや、前のエレオノーレとの話から察するにやり返されるのが怖いってこと、か? しかし、そんなのは、十人も殺せば、復讐が怖いという感覚よりも、復習に誰か来ても返り討ちにしてやる、自分の強さを証明したい! って側に傾くと思うが……。

 いまいち意図を掴みかねて、俺はもう一度訊き返してみた。

「なんで人を殺すの事でそんなに悩むんだ?」

「え?」

 俺に訊き返されることなんて、全く予想だにしなかったようなドクシアディスの顔がある。ただ返事を待っているだけなのも非効率な気がして、呆けているその鼻先に、更に俺は質問を重ねて見た。

「いつか人は死ぬだろ? 殺すのも殺されるのも、多少それが前倒しされたっていうだけだろ? なぜそんなに悩む? 必要だから殺した。殺す事が自分達の利益に繋がる。それじゃダメなのか? 殺す相手は味方じゃないんだぞ?」

「え……えと?」

 困ったような顔でエレオノーレを見たドクシアディス。エレオノーレは、どこか申し訳なさそうな顔で答えた。

「ラケルデモンでは、日常的に人殺しを行うんだ。その日の食事のためだけに、犠牲になる人も……」

「なんて怖い国だ」

 感情のたっぷりと詰まった、大袈裟ではあるものの冗談とも思えないその言い草を、俺は一言で切って捨てた。

「アホか。戦争では殺すのも殺されるのも普通だろ。常在戦場のラケルデモンで殺し殺されるのは普通の鍛錬だ。そういう法整備がなされているんだからな」

 周囲を見渡して見るが、どうも俺だけが異質なようだった。

 ……まいったね。

 こんな連中を、どうやって鍛えればいいんだ?

「た、大将達の強さの秘密がちょっと分かったよ。真似したくねーけど」

「あん?」

「わ、私は違う」

 首をかしげた俺と、首を横に振ったエレオノーレ。

 どうも雑談側に傾きつつある議論を無理して修正に掛かる。

「まあ、ともかく、行軍と戦闘の訓練は行った方が良いだろ。精神論はお前が中心になって勉強会でも開け。ちなみに、今、ここで暇してる兵隊はどんだけいるんだ?」

「三方に交渉と護衛を出したから……、あと、ここでの仲間内の治安維持と船の警備、傷病者を除くと百名弱」

 ふむ。

 前の戦争ではコイツ等は投石兵だけを出征させた。だがしかし、それでは決定力に欠ける。重装歩兵に対しての投石攻撃は、足並みを乱れさせる効果はあるかもしれないが、殺傷力は足りないだろう。

 手勢は総勢二百程度。攻撃力の重装歩兵、機動力の軽装歩兵、遠距離攻撃の投石兵に均等に割り振ればだいたい七十ってところだ。

 ……話にならないな。其々がファランクスの方陣ひとつ分にやや足りない程度の戦力だ。なら、重装歩兵に三分の二を割り振って、残りが投石兵という編成が無難か。投石にはコイツ等は慣れているだろうから、演習に出す百人は重装歩兵要員として行軍と野営と陣形展開訓練を行うとするか。


「兵装は重装備。近くのあの小山まで進軍しよう」

 流石にこんな田舎の国まで戦禍が押し寄せてくるとは考えられなかったが、状況把握を疎かにするつもりもなかったので、この数日で把握していた周囲の地形を思い出し、きつすぎず楽すぎないルートを頭の中で算出した。

「近く? ……え? あの北西の山か? 片道二日ぐらい掛かるだろ⁉」

 俺程しっかりと有事に備えた事前準備――地形の把握――をしていなかったのか、ドクシアディスは最初ぽかんとした顔をしていた。しかし、一拍後に唐突に慌てた顔になり……ああ、多分、送った商隊のルートのひとつだったんだろう――石畳で舗装されていない、土が踏み固められているだけの道だが幅は広く、一応は街道とこの国では認識されているようだったし――露骨に焦った調子で詰め寄ってきた。

 楽な訓練じゃないと悟ったのかもしれない。

 しかし……。

「だから丁度いいんだろうが。演習っつってんのに、野原で遊んできてどうする」

 どこか楽天的というか、お気楽に状況を考えている節のあるドクシアディスを目を細めて睨みつけ、訓練だから厳しいのは当然だ、と、叱りつける。

「必要な物や計画書は今晩中に俺が仕上げるから、物の仕入れや人選は任せるぞ。厳冬期は避けよう、今のうち――明日で装備を整えて備品を準備し、明後日には出発だ」

「おう」

「あと、なにか報告することは無いか?」

 ぐるりと周囲を見渡すが、挙手する人間も口を開く人間も居なかった。

 うむ、と俺は頷き――。

「よし、じゃあ、其々行動開始だ。ああ、あと、各個人に渡している金で独自に商売するのは、可と伝えてくれ。ただし、借金は認めない。現物の取り引きで、な」

 最後に、ふと商売の規定の補足条項の相談を受けていたのを思い出し、付け加えた。

 資金の全てを全体管理していたのでは、各人のやる気も出ないだろうしな。俺達という集団への信用取引でなければ、物を仕入れたり売ったりするのは制限しないことにした。

 まあ、そうなると、船に持ち込む個人的な荷物の上限は別途決めなくてはならないが、そこは船の積載量との兼ね合いなのでドクシアディスとファニスに任せるか。

「うーい!」

 威勢がいいんだか悪いんだか分からない返事を残し、其々の仕事へと向かうメンバー達。


 食堂兼会議室となっている宿の広間には、最後に俺とエレオノーレだけが残された。

「先に行くぞ」

 いつまでも移動しないエレオノーレに背を向けると「私は、邪魔かな?」と、背後から訊ねられた。

 肩越しに振り返ってみる。

 いまひとつ意味が分からなかったので、正直に俺は答えた。

「別に。会議に参加したければすれば良いし、他の場所で……ああ、前に言ってた村から来た連中と遊びたければ、それでいいぞ」

 エレオノーレは、俺の返事にどこか困った顔を返してきたが、そうだね、とかなんだか呟いて、小走りで――多分、女衆のいる部屋の方に向かって姿を消した。


 なんだったのか、いまひとつ分からなかったが、まあ、いつも通りといえばそうなので、俺も自身の部屋へと戻ることにした。

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