Naosー5ー
「ラケルデモンがアテーナイヱに宣戦布告し、奇襲でアヱギーナ島を占領、アヱギーナの併呑を宣言。アテーナイヱ正規軍は、大敗したらしい」
ドクシアディスに無言で頷かれた。他の連中も、聞いてきた内容は殆んど変わらないのか、補足する気はないようなので、もう少し俺は付け加えた。
「まあ、海は専門外のラケルデモンがどの程度の数の兵士を島に送ったか不明だし、海上で戦闘がなかったのが確実ともいえない。えてしてこういう時期はデマも流れやすい。戦果を盛った可能性はあるが――」
「アヱギーナ本島は落ちた、か?」
「多分な」
場に沈黙が降りてきた。
俺達の行動で敗戦が決定した……のかどうか、なんとも言えないな。逆に、主力が島に足止めされていたにも関わらず、あっさりと島を取られているとしたら、単にアテーナイヱが弱すぎただけと見る方が正しい。
いや、撤退中に上陸された可能性は――、……無くは無いが結果は同じだな。再上陸してあの平原で決戦しただけだろう。横取りに抵抗しなかったというのも理に反する。
ただ、主力が全滅したとして、首都やその近郊の状況をあの祭りの規模から察するに、先の戦と同程度の兵力をアテーナイヱが再度集めるのは難しくなさそうにも思える。いや、むしろ、金で他国の軍を引っ張って来て、数的優位を取りにいくだろう。
問題は戦船の数、か?
そこでふと、他のメンバーのどこか浮かれたような雰囲気を察し、首を傾げる。
――ああ、国が解放されたと勘違いしてるのか。馬鹿なことを。
「帰国は勧めないぞ」
場の空気を引き締めるため、俺は冷たく言い放った。
「どうしてだ?」
全く分かっていないのか、ドクシアディスがいぶかしげに訊き返してきた。
俺はすぐには答えず、引き絞った目で周囲を窺い――。重く、どっしりとした口調で話し始めた。
「ラケルデモンに併呑されたってことは、住人は全員奴隷ってことで、ラケルデモンでは少年隊の訓練や青年隊の暇つぶしで奴隷を狩る。……いや、そもそも、今現在は戦争が続いているんだから、それよりも酷い扱いを受けてるはずだ」
ラケルデモンの少年隊の最高学年の講義で聞かされた、戦場の行動規範が頭に浮かぶ。
戦場において徴発した敵対国以外の現地奴隷は、武装解除後に野戦築城や軍需物資の輸送要員として使用、だったな。
そもそもラケルデモンでは商売は盛んではない。交易国で商人の多いアヱギーナ人は、農奴として使えないと判断し――、ああ、今はアテーナイヱとの戦争中なんだし、船の漕ぎ手として使っているんだろうな。
得物は与えず反乱を防止し、家族は人質――と伝えるが、基本的に引き離した時点で殺すか別の労働に従事させる、もしくは売って金にするかだが――に取り、怪我や病気になればその場で使い捨てる。
戦後まで生き残っているのは、人口の六~七割程度だろうな。いや、メセタニア併呑の際の反乱の故事から、もっと――半分以下まで――減らすか?
「お前、自国を――」
呆れたというよりは、若干たしなめるような調子で口を開いたドクシアディス。ただ、台詞を全部言い終える前に、俺の横の様子に気付いて口を閉ざした。
エレオノーレが俺の袖を掴んで、青白い顔でふるふると首を横に振っている。
「そういう国なの」
すごく、悩んだが、隣でそういう顔をされると、なんというか……気まずいので、頭を――。右手は袖を掴まれているので、左手で撫でてやった。
なんというか、上手く言えないが複雑な気分だった。いや、戦争に関してが、じゃない。エレオノーレに対し、こんな態度をとるようになって来た自分が、だ。
先ほどとは違う重い沈黙がしばらく場に流れ――。
「大将達は、国から逃げてきたのか?」
直截に訊ねられ、一瞬言葉に詰まってしまう。
逃げた、と、素直に認めるのが癪だというのもある。が、それ以上に……。
俺達が逃げ切れたのは、既にラケルデモンが参戦の準備に入っていたからだったんだろうな。
確かに、処刑部隊の追撃は脅威だったが、正規軍の動きは鈍く、警戒線も散発的にしか張られていなかった。レオは強かったが、もう盛りを過ぎ、戦場では前線を務められるような歳じゃない。対峙して気付いた。
物資だって、戦争用に徴発されていたんだろう。少年隊への配給だって減っていたんだから。
俺達は、強かったんじゃなくて……。
運が……、良かっただけだったのかも、な。
そう考えてしまうと、悔しさというか、鬱憤というか、上手く表現できない黒いヘドロのような気持ちが胸の中にわだかまる。安く見積もられたもんだ、という苛立ちや、正面きってぶつかったら勝てなかったかもしれない、という不安が鬩ぎ合う、疼くような感情。
険しくなった俺の顔に、周囲が戸惑ったのか、あ、とか、その、なんて中途半端な声が耳に入り、思考を中断する。
それから、首を振ってニュートラルな顔まで気持ちを落ち着かせて俺は答えた。
「俺は違う。戦力を集めて返り咲く過程だ。……ただ、エレオノーレは。……そう、制度が合わなくて逃げている。だから、俺にもしもの事があっても、お前等の仲間にしてやれよ」
とん、と、俺の斜め後ろで辛気臭い顔をしていたエレオノーレの背中を押し、一歩、いや二歩分、ドクシアディス達にエレオノーレを近付ける。
その瞬間、肩越しに振り向かれた。
……不意に、あの逃走劇の最後の門の事が頭に過ぎり――エレオノーレも同じことを思っているような顔をしていた――、俺はエレオノーレから目を逸らした。
「もうそのつもりだよ」
もう聞き慣れたドクシアディスの声に顔を向ければ、少し照れ臭そうな顔で付け加えてきた。
「……その、大将、アンタもな」
フン、と、鼻で笑って俺は応じる。
「そういう台詞は、俺と地獄に行けるようになってから言え」
冗談のつもりはなかったが、散発的な乾いた笑い声が聞こえ、少しだけ雰囲気が和らぐ。
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