Naosー4ー

「……一応、集めてきた情報を擦り合わせるか」

 二隻の船を停泊させている埠頭には、既に他のメンバーも集まっていたので、俺は開口一番そう宣言した。

 この場には、なぜかあのチビも……ああ、そういえば、昨日の夜のうちにドクシアディスになんとかしろと言って置いたんだっけ。エレオノーレが絡むと面倒だと思ったので、エレオノーレがチビを避けている節のある今のうちに、内密に処理するつもりだったんだが、多分、アテーナイヱの連中が捕まらなかったのだろう。

 チビの姿を見たエレオノーレは、一瞬怯え、そして、どこか訝しげな視線を俺に向けてきた。

 エレオノーレのなにか言いたそうな顔を無視して、周囲を窺う。

 集まってる連中の表情は……様々だな。どちらかといえば古参が重めの顔で、若い連中はどこか浮かれたような雰囲気もある。まあ、戦争は商売では掻きいれ時ではあろうし、アテーナイヱの現状に鬱憤が晴れたっていうのもあるのかもしれない。

 と、そこまで考え――。

「あ、いや、待て。そもそもの目的の結果を先にしよう。長引く話題は最後の方が良い」

 慌てて俺は訂正した。

 おそらく、今度の戦争に関しては意見が割れる。それに、ここに居る人間だけで判断するわけにも行かないだろう。方針と対策に関して近日中に、合議の場を設ける必要がある。なら、この場で判断出来ることを先に済ませるのが効率的だ。


「役人との交渉はまとまりました。長期滞在の許可証と、市場への出店や取り引きの許可証です。宿も二軒ほど押さえています。貸切です。農村部への買い付けも――推奨はされませんが、一応は、可とのことです」

 こいつは確か、少し前に俺の仕事を手伝っていた……ああ、そうだファニスだ。やや神経質な話しぶりが気にはなるが、上手く交渉をまとめたらしい。

 まあ、商業都市が商人を弾くわけはないんだが、大きな戦争が続いている現在、当事国の民族が多い俺等を迎え入れてもらうのは、少々面倒だった可能性がある。

「よくやった。……で、武器は直接公的機関に卸せそうか?」

 イライラしていた時期に単純作業だけさせて帰したってこともあり、不満を持たれて仕事に支障をきたされるよりはいいか、と、まず褒めてから、本題ではないが話が通っていれば良い程度の話題について訊き返してみる。

「はい? ……あ」

 顔から察するに、忘れていたらしい。いや、そこまでの説明をドクシアディスがしなかったのか?

 少し焦った顔になったファニスが、今すぐにでも飛び出していきそうな雰囲気だったので、軽く手を振って押し留める。

「いい。値の交渉が難しいだろうからな、折を見て、市場に出すか市民軍に卸すかは見当しよう」

 はい、と告げ、ややしょげた様子で一歩下がったファニス。

 どうしたものか、と、すぐに次の話題には移らずに様子を窺うが――やはり少し完璧主義で焦ると連鎖的に崩れる性質のようだ。ただ、この場にいる古参の連中に上手く慰められているというか、アドバイスされているようだし、そう引き摺りはしないだろうと判断し、次の話題に移ることにした。

「市場はどんな感じだ?」

 この問には、ドクシアディス自身が答えた。

「穀類は、どっちみち前の戦争で値上がりしてたから、どっかの地域で買い増すって動きは出てないな。状況が一区切りしたから、この辺りでは若干値が下がったが、平時よりはやや高止まりってところだ。仕入れたければ、農村まで出向く方が良いな。どうも仲買いに水増しされてる気がする」

 アヱギーナとアテーナイヱの戦争時に、値上がりによる過剰在庫の放出と、兵糧に不安があった都市からの買い付けが起こり、備蓄量の均一化が進められたのかもしれない。ラケルデモンは外部で買い付けるというよりは、国内の農奴からの徴発と侵略地での略奪がメインだから、今回の動員では市場に動きが少なかったのかもな。

「武具は?」

「小幅な値動き。こうあちこちで戦争が起こっていると、対岸の火事では済まなそうな雰囲気はあるもののこの国では市民の自発的な武装強化って流れはまだ出来てないな。尤も、戦局次第ではどっちにも転びそうだが」

 まあ、そうか。

 俺等も戦禍から避けるためにわざわざこんなヘレネスの北の端の方へと移動してきたんだし、ここも危うかったら逆に困る。

 ……今年の冬はここで越すのは、そう悪くは無いかな。

 武具の過剰在庫をだしに、有事の際の売買の優先権とかでこの都市の上層部に渡りをつけられれば。ある程度自由に振舞うのも、そう難しくは無いはずだ。

「食糧の備蓄と、船の積載量を踏まえて商売の打ち合わせを直近で行おう。ファニス! その際には充分に働いてもらう。上のベテランのオッサン共との連絡を密に、な」

 呼びかけると元気良く頭を下げられた。

 ドクシアディスに次ぐ若手の二番手……いや、そういう歳でもなさそうだし、ラケルデモンで言う所の少年隊の筆頭か次席みたいな感じか。

 戦場では役にたたなそうだが、後方要員は今後重要になってくる。略奪メインで、正面きって戦わないなら、尚更だ。次からはもう少し扱いに気をつけるか。

 ふと視線を感じて顔を向けると、ドクシアディスに生暖かい視線を向けられていた。

 ……ふん。

 まあ、これでこの前の苦言はなんとか対応できただろう。


 一度話を区切り、神妙な顔で俺は口を開いた。

「さて……。では、今一番厄介な話題だが……」

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