Naosー2ー

 エレオノーレが最初に言ったとおり、港湾都市イコラオスは外港都市ペイライエウスと比べると質実剛健というか、やや素っ気無いつくりだった。……いや、外港都市ペイライエウスが華やか過ぎるだけで、こっちの方が普通なんだがな。

 ざっと見た感じ、外港都市ペイライエウスと比べれば城壁は厚さ高さ共に約三分の二、場所によっては半分程度で、それを補うためか、はたまた海を監視しているのか、他国ではあまり見られない塔が都市の海沿いの二箇所に設けられている。

 普通の建物の三倍も高いそれは、目印としても役に立ちそうだ。

 ただ、建築様式が完全にヘレネスの技術に準じてはいない。広大な版図を誇るアカイネメシスの技術が多少なりとも流入しているのだろう。ここは、ラケルデモンやアテーナイヱ、それにアヱギーナよりも、かなりアカイネメシスに近い。いや、北にあるマケドニコーバシオの影響か。かつてあの国は、かつて東の大国アカイネメシスと共謀してヘレネスに戦いを挑んできたしな。


「見てみろよ」

「え?」

 俺が指差す方向に素直に顔を向けたエレオノーレ。

「珍しい建て方をしてるだろ?」

「……珍しい?」

「石材加工技術が未熟なのか、ギリシアコンクリートの知見が無いのか、煉瓦と組み合わせて上部構造の重量を――」

 説明してやる俺に、劣等生の苦笑いで応じているエレオノーレ。頷いてはいるが、説明は理解出来ていなさそうだ。どうやら、エレオノーレにとっては、物見櫓も塔も大差無いらしい。まったく……。


 膨らみきれなかった話題を適当に打ち切って、再び歩き始める。

 今度はエレオノーレから話しかけやすいように、タイミングを計っていたが、かえって沈黙が続いてしまったので――塔以外に町に対する感想も、別段なにも出て来はしなかった――、曇った空と冷え始めた風で、さも今思い出したように少し前の話題を持ち出してみる。

「毛布」

「うん」

「必要ではなかったが、邪魔にもならなかった」

「……うん」

 気を遣ってやったというのに、エレオノーレの反応はいまいちだった。ん? と、これまでとは違う態度に少し疑問を感じなくは無かったが、まあ、そもそもが嗜好も思考も異なる人間だったな、と、特に気にせずに町の観察を続けることにした。

 これ以上俺の方から気を回すのは、なんだか億劫というか、少し腹立たしい。

 それに、騒動を起こしたり巻き込まれた際には、地形の把握がなによりも重要になる。分からないことエレオノーレの心の機微に拘り続けても得は無い。もっとも、人が増えた今となっては、前と同じような馬鹿をさせないようにエレオノーレを見張らせることも肝要になってくるが。


「……戦争、終わらなかったのかな?」

 そのまま城壁に沿って町を歩いていると、不意に斜め後ろのエレオノーレが口を開いた。

 俯いた顔。

 今日口数が少なかったのは、あの船での一件だけではなく、続く戦乱を憂慮しての事だったか。

 無駄なことだな、と、思う。

 アヱギーナとアテーナイヱの戦争に限らず、どこかしろで戦争は起きている。その全部に悲観していたら、随分と生き難いだろうに。

「停戦交渉中に、条件が折り合わずに衝突した可能性はあるが――」

 と、そこまで言いかけて俺は口を噤んだ。

 言うべきか言わざるべきか。

 ずっと、疑問に思っていたことがある。自国の目と鼻の先で、いざこざを起こしていても放置したラケルデモンの対応。いや、それ以前の拠点への食糧配給の遅れ。俺達に差し向けられた追っ手の数。

 まだ、確証はない。

 だが……。

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