Naosー1ー
入港したテレスアリアの公共市場都市は、異様な活況を呈していた。
いや、戦後に経済活動が活発になるのは当然の事――奴隷の売買に、敗戦国の宝物の市場への放出等が起こるため――だが、それを差し引いてもヘレネスの世界の端でもあるこの農業国がこれだけ盛り上がるのはおかしかった。そもそも、キルクスと行動を共にしていた時に把握した、アテーナイヱとの貿易額が低い国を選んでいるんだし、市場への影響はまだ殆んど出ていない――これは船のアヱギーナの連中も同じ見立てだった――はずだったのに。
それに……。
どうも、明るい話題ばかりでもなさそうだ。町の一角では、眉を顰めて議論している小規模な集団がいくつもあるし、討論の声にはどこか荒っぽさもある。吟遊詩人も楽器を鳴らしていないところを見るに、単純な喜劇や悲劇を歌っているわけではなく、どうも時事問題を語っている様子だ。
「ドクシアディス」
呼びかけると、俺と同じように違和感を感じていたのか、ドクシアディスがどこか神妙な声で応じた。
「ああ、商人連中に当たればいいか?」
「うむ。……あ! 本題の、穀物の値段も調査しとけよ。出来るなら念のために買い増したいんだからな。どっかの戦争で年明けに値上がりしそうなら、尚更」
人使いが荒い、とでも言いたいのか、苦笑いを俺に向けた後、ドクシアディスは上陸した第一陣――陸で休むための宿兼食堂を数件借り入れる交渉団に、この港町、交易港湾都市イコラオスの役人との入港税、交易税なんかの交渉団、そして、商品の売買のための市場調査団の三つで構成されている。編成は、ドクシアディスに一任していた――に、指示を出し始めた。
「おい、こっちはこっちで好きに動くぞ」
細々した指示を出しているドクシアディスの背中に声を掛ける。ドクシアディスは、肩越しに振り返って俺を見てから任せとけ、という顔で応じ――。
「あいよ」
――その辺をうろちょろしてたエレオノーレを、俺に押し付けてきた。
俺だって、遊びに出るわけじゃねえぞ、と、ドクシアディスを睨むが、生暖かい笑みを返されるだけで助け舟は出されなかった。
……いや前に言っていた、女衆経由でエレオノーレをなだめるように気を回した結果がこれなのかも。まったく、頼りにならない男だ。
「外港都市ペイライエウスとは、随分と違う作りだよね」
エレオノーレはエレオノーレで、追い返されないようにするためか、そんな無難な話題を振ってきあがるし。
ふう、と、短く溜息を吐いて――。そうだな、と、俺は応じた。
俺は、ラケルデモンの領事館に探りを入れたかったんだが……。そういうわけにもいかなくなってしまったな。
仕方ない。
船で一度きつく当たってしまってから少し微妙な感じになってしまっていたし、町や周辺の地形を把握するだけにして、ラケルデモンの動向を探るのは、ここでの仮宿を確保して、船の連中にコイツを預けられるようになってからにするか。
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