夜の始まりー5ー

 ひと眠りして目覚めると、もうすっかり夜は更けているようだった。三日月が中天に掛かっている。伸びをして空を見上げる。縄梯子が空から……否、帆柱の見張り台から降りてきていた。

「異常アリマセン!」

 と、帆柱から降りてきた見張りが俺に報告してから船室へと降りていき、すぐに次の見張りが縄梯子を上っていく。

 ん、っと、もう一度伸びをする。

 胸に掛けられていた毛布がずり落ちた。今ぐらいの気温ではまだ平気と言ってるんだが、エレオノーレの仕業だろう。

 うっすらと、寝ている際に近付いてきたアイツの気配には気付いていた。危険が無いから、起きはしなかったが。

 船での旅が始まった二日目の夜――山積みの問題を処理していて当たってしまった後――からずっとこうだ。別に命に関わる事態じゃないから優先度は低いが、そろそろなにか考えた方がいいか?

「上がりました。周囲を警戒します」

「おう」

 上から降ってきた声に返事を返し、俺は帆柱から離れて船縁へと移動した。

 覚えたての天測――陸上を旅するのに使う星と、海で目印にする星は微妙に違っていた――を実践しながら、夕食後に保管庫から適当にかっぱらってきた干しイチジクを齧る。

 ……やはり、干しデーツよりはましだが、いまひとつ乾物は好きになれない。まあ、他に手頃な物が無いし、あるだけましと言えばそれまでだが。

 地図を見ながら、村の灯りの方角と現在地を比較する。近くにあるのは小規模な漁村で、俺等の乗る大型船が停泊するには港湾設備が足り無すぎる。そもそも、売買しようにも田舎の村では貨幣の流通がどの程度か不透明だし、特産物といっても嵩張る割には値が安い、寄った所で手間の割りに儲けが少ない……と、ドクシアディス達が言っていた。

 ふうむ、中々、陸を旅するようには行かないものだな。

 新しく身についた知識を復習する。船での交易について、儲けが多い作物や物品、逆に金にならない品……。

 世界は広いな。

 ラケルデモンの少年隊の座学の授業で伝え聞いた知識は、概要を効率よくなぞるだけのものだったんだな、と、気付かされた。

 ふうむ。

 面白い気分が半分で、なんだか負けた気がして悔しい気分が半分だ。


 ……ん?

 他の誰もが寝静まった夜中に響いた物音に、神経を尖らせる。乗り込んでいる人間の素性に関しては、ほとんど確認出来ていないので、犯罪者やアテーナイヱの回し者が紛れ込んでいないと断言できない。事実、あのチビにさえ密航されたし。

 ただ、そうした不届きな連中に自由にさせるほど、俺は甘くも寛大でもない。

 仕掛けてくるタイミングとしては妙だった――頑張れば泳いでアテーナイヱに逃げられる初日か二日目、もしくは次の公共市場都市が迫った頃に行動すると思ってた――が、いや、だからこそ、こちらが油断するのを今日まで待っていたのかもしれない。

 気を引き締め、気配を殺し、出入り口の死角の大盾の影に陣取る。

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