夜の始まりー3ー

「そういえば、ファニスは使えなかったのか? 本人は随分としょげていたようだが……」

 ふと渋い顔をするドクシアディスに、こちらも同じような顔で答える。自分から頼んだ補佐官を、来てすぐに罷免したのはやり過ぎかもしれない。ただ――。

「いや……平時で、充分な後ろ盾があるなら、ヤツの考え方は間違っていないさ」

 補助の人選はドクシアディスに任せたが、送られてきたのは理屈っぽくて計算だけは正しい、挫折を味わったことのなさそうな天才肌の男だった。

 型にはまっている間はいいが、有事には弱そうなタイプで、細かな法整備の参考には出来そうもない。だから、資産や物資の目録を作らせただけで帰していた。


 不満そうなドクシアディスの顔を見て、溜息を鼻から逃がして付け加える。

「他にいいのはいないのか?」

「才覚があるって意味でなら、ちょっと難しい」

「そうか……」


 性善説が成り立つのは余裕のある時だけだ。国も、組織も、理想論でまとまれば苦労はしない。

 もっと、こう、クソな状況で役に立つルール作りに精通したヤツはいないんだろうか? ……いや、そんなヤツがいれば、コイツ等の現状はもっとましなはずか。

 ん、む。

 現状、俺達はどこにでもある弱小勢力のひとつでしかない。海賊として見ても、兵士の質と規模で中堅には届かないだろう。

 危機なんて、そこらじゅうに転がっている。

 ――負ける戦いから逃げるのは恥じゃない。

 が、逃げてるだけでは事態は好転しない。

 陸に拠点を得るために、軍資金を確保して、部隊を編成して、訓練して……どこかで一戦する必要がある。そんな時に、足踏みする連中を前線に出させるための、方便が必要だった。



「しかし、大将も若いのにどこでそんなこと覚えたんだ?」

 ドクシアディスの声は、単純に疑問に思っているだけでキルクスのように探るような色は無かった。そう、分かってはいるが……どうしても、こういう質問をされると身構えてしまう。

 全てを明らかにする事で得られる利益は、今の所、無い。むしろ、ラケルデモンに嗅ぎ付けられる危険は減らしておいたほうが利口だ。

 ただ……。

 目を細め、しばし考えてから、まあ、ドクシアディスなら多少はいいか、と、少しだけなら答えてやる事にする。

「生活の知恵だ」

「は?」

「ラケルデモンでは、年齢毎に少年隊、青年隊、市民に分かれていて、其々に独特の法があるんだが、普通は――そう、お前らが船のルールをなあなあで決めようとしたみたいに、なんとなくで動いてた。監督官って指導部もあったしな」

 うんうん、と、ドクシアディスが相槌を打つように頷く。

「――が、それ故に、俺が強くなった時、青年隊や市民とぶつかることが増えて……ええと、何回目だったかな? 多分、二桁以上の連中を決闘で殺した辺りで、行動規範を明文化することになってな。以後、いざこざが減った」

 もっとも俺自身は、討ち漏らした歳が上なだけのバカには、謝罪を要求されても応じなかったり、別のルールを盾に殺すと脅したりと、比較的好き勝手やってはいたが。

 ある程度の穴や弾性のあるルールは、多分、上の連中――青年隊クラスが――戦いを避けても不当じゃないとするための、苦肉の策だったんだろう。

「どんだけ戦ってるんだよ」

 呆れた様子のドクシアディスに、真顔で素っ気無く返す。

「ラケルデモンでは普通だ」

 あの頃のルールをそのまま持ってくるのは……。無理だな、ここの連中は、どうにも闘志に欠ける。あの国のような徹底管理がなされていない以上、犯罪者上がりのならずものがのさばりだす危険性の方が高い。それに、平時にいきがるチンピラは、有事の逃げ足だけは鋭い。役に立たないヤツを喜ばせる趣味は俺には無い。


 ほんとかよ、と、疑いの眼差しを向けたままのドクシアディス。

 なんだよ、こっちは少なく見積もってんだぞ? ……ああ、まあ、コイツも戦争を経験させたとはいっても、殺し方は石礫の弾幕で、だからな。

 人を、自分自身の手で殺した手応えには乏しいか。

「まあ、それに元々、俺は知識層の人間だからな。物心ついた時から、厳しい監督官にみっちり指導されてきたんだよ」


 気付けば、思ったよりも長い休憩になってしまっていた。

 建設的じゃない話は終わりだ、と、俺は手を払い、ドクシアディスを帰らせ、再び独りで書類の山と向き合い始めた。

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