夜の始まりー2ー

 エレオノーレと入れ替わりに、ドクシアディスが入ってきた。ただ、こちらは書類の束や、なにかの小物――おそらく、前に少し相談していた船の女子供に収入と技術を与えるために試験的に行わせている内職の成果物だろう――を抱えているので、仕事をしに来たのは明らかだ。

 追い返すわけにも行かず、間の悪さに顔を顰めたままで出迎えると、ドクシアディスはどこか上から目線で――まあ、歳だけならコイツの方が上なんだが――微笑ましく俺を見てから話し始めた。

「荒れてるな。雑務は少しは振ってくれてもいいんだぞ?」

 フン、と、鼻息で提案を吹き飛ばす。

 そもそもの原因の一端はコイツ等にもある。

「お前等は、船内のルールをなあなあで決めようとしただろ。今はいいが、今後、他国の水夫とか雇った場合、明文化してないとトラブルの元になる。船だって増やしたいしな」

 言った言わないの論争はどこにでもあって、かつ最も厄介な問題のひとつだ。商売でも同じだろうに、どうにも同族っていう身内意識の方が強くて危機感がまるで足りていない。戦争が終わったっていうのも、気が緩むのを助長しているのだろう。

 今後、商取引の云々以前に、海賊の襲撃もあるかもしれないんだし、どこかで一度引き締めておきたいところだ。

「仕事が細かいな。戦ってる時は、もっと大雑把な感じもしたが」

 指揮力を疑うような言い草に少しカチンと来て、喧嘩腰で俺は言い返した。

「あれは、準備期間が短過ぎたからだ。ってか、それでも犠牲が出ないように細心の注意を払ったろ」

 ドクシアディスはエレオノーレと違い、正確に俺の機微を察したようで、すぐに取り繕ってきた。

「わかってるって。姉御にもウチの女衆が上手く言っとくよ。……ふふん。こっちは、思ったより頼りになる大将でなによりだからな。今の所、どこからも文句って程のモノは出てないぜ。爺さん方も、若いのに良くやると感心してた」

 そういえば――。

 最近、俺の呼び名は大将で統一されてきた。ちなみにエレオノーレが姉御だ。

 エレオノーレはいい歳なんだからそれでもいいだろうが、成人前の俺に大将ってのもどうなんだろうな?

 まあ、個人的には気に入っているから訂正したりはしないが。


 多少は悦に浸っていると、ドクシアディスは自分で持ち上げた癖に余計な一言で水をさしてきた。

「もっとも、乱暴な口の利き方と短気なせいで、親しみはいまいちもたれてはいないが」

 ほっとけ、と、さっきのエレオノーレみたいな台詞を右から左へと聞き流す。


 この船には、非戦闘員が多い。というか、非戦闘員が兵士になれる男――なんとか得物を振るえる程度の老若の男も含めて――の二倍程度いる。兵士は、船の漕ぎ手込みで二百にやや足りない程度だ。てか、その船の漕ぎ手も、本来は一隻あたり百五十は必要なのを、無理して百でなんとか遣り繰りしてる。

 とんだ貧乏所帯だ。

 俺があの国に攻め戻る際には、資質のあるヤツを選りすぐって傭兵団を再編成する必要があるな。

 クソ。

 エレオノーレの行動が読めない、訳じゃないが、こっちが嫌がる……というか、俺の狙いを微妙に外しにかかるよな、アイツは。

 どうにも脇道に逸れてばっかりだ。

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