夜の終わりー6ー

 ほぼほぼ物置と化した甲板には、太陽が真上に昇った今は殆んど人がいなかった。帆柱に二人、目の良いのを見張りに出してるだけだ。

 昨日が遅かったから、充分に沖に出た後は、必要最低限の見張り以外は船室で休ませている。夕刻になったら陽が完全に沈む前に叩き起こして、次の目的地へと漕がせようと思う。

「あー、クソ。金にならねぇし、むしろ、厄介事が増えすぎた」

 船の両舷の固定式の盾の影で、日光を避けて寝転がりながらぼやいてみると、意外な合いの手が入った。

「大型船二隻の武装商隊の大将じゃないか、悪い身分じゃない」

 仲間を全員助けられたことで更に俺に気を許したのか、昨日よりも親しげにドクシアディスが俺のぼやきに割り込んできていた。

「……めんどくさ」

 言い返したい言葉は山ほどあったが、だからこその一言をまず口にしてから、独り言の続きを始めた。

「あーあ、お前等を食わしていくための商売も本格的に始めないとな」

 戦場でかっぱらった武器防具は山ほどあるが、一度に売ったら値崩れする。緊張が高まっている辺りに分散して卸すしかないだろう。縁のある陸も無い以上、しばらくは窮屈な船暮らしだ。

 いや、そもそもまずは食い物だな。予定以上に扶養家族が増え過ぎてる。村、それに陣地にあった備蓄をごっそり奪ってきてはいたが、今日明日の内には、どれだけ持つのか試算しないと不安だ。

 あ、いや、穀物を仕入れても、積む場所が無いか?

 船を増やすほうが先決か?

 てか、船って一隻いくらぐらいする物なんだろうか?

 んん……む。

 考えることは山積みだった。

「こっちは元々海の男なんだぜ? 商売も海戦も任せてくれよ」

 自信たっぷりにドン、と、胸をたたいたドクシアディス。

 そのかっこつけているところに、阿呆、と、水をさす。

「上はきちんと監督して全員を上手くまとめる必要があんだよ。風紀も乱したくは無いから、完全に放任にする気はない」

 はは、と、なにが可笑しいのかドクシアディスは軽く笑った。

「やっぱりアンタは善人じゃねーけど、真面目だよな」

「ほっとけ」

 と、顔を背けた時だった。若衆の一人が船室から這い上がってきたのは。

「大将、さっそくのトラブルです」

「アン?」

 トラブルの割には真剣味のない声の方に顔を向けると、首根っこ掴まれて引っ張り出されてきたのは、どっかで見たことのある身なりの良いガキだった。

 思わず眉根が寄ってしまう。エレオノーレが聞きつけたら、相当面倒臭いことになるな、コレは。

「ソレも海の民の端くれだ。泳ぎは出来ンだろ。海へ棄てとけ」

 一瞥して、シッシと虫でも払うように、チビから放たれる粘着質な視線を手で払い退ける。

 途端、喧しく声を上げられた。

「ふざけんな! この、バカ男!」

 多分、見知らぬ顔ばっかりで縮こまっていたけど、一応は知った顔の俺を見つけて、少しは安心したんだろ。

 ……ってか、なんでこのバカ乗り込んでんだ? いや、かなりバタバタな出港準備だったし、潜り込む隙なんていくらでもあったんだけどよ。

「アル? どうしたの? 敵?」

 騒ぎを聞きつけたのか、眠そうに目を擦りながら、エレオノーレが階段を上がってきた。

 てか、寝惚けてんな、コイツ。周囲に人目があるのにそんな呼び方するなんて。

 だが、俺の不満げな顔も、他の仲間達の生暖かい笑みも無視して、チビはエレオノーレに向かって叫び始めた。

「エレオノーレさま、聞いてください。アテーナイヱの将軍と取り引きした兄が、お二人を暗殺するようにと、水夫に、め……いれい、を……?」

 叫び声につられたように、ぞろぞろと得物を手に出てきた男の顔を見て、チビの顔に不審の色が浮かび、最後には嫌いな虫でも見たかのように歪んだ。

 その最後に俺に向けられた腹立たしい目に頷き返し、ニヤニヤと笑いながら答えてやる。

「ああ、貴様ンとこの兵隊は、ふん縛ってこの――アヱギーナ島で報酬に貰った村の連中とまるっと入れ替えた。怪しかったからな」

 そう、あのアヱギーナの村の連中が二百人前後だったから、なんとか収容が出来たんだ。アテーナイヱで回収した居留アヱギーナ人も含めると、二隻の船はもう満員だった。

 戦利品も含めれば、足の踏み場も無い。だから甲板にも日光で痛まないブツが木箱に入れられてゴロゴロしてるんだし。

 まったく、早いとこ三隻目を手に入れたいものだ。

「アナタという人は!」

「なんだよ、結果的に正しい判断だったじゃねーか。それに、殺してもいねーんだぞ? 勝手にそっちで後で回収しろよ」

「これは外交問題です!」

 憤然と言い放ったチビ。

「ああ、貴様を次の寄港地の領事館に引き渡すついでに、アテーナイヱからたんまり身代金と賠償金をせしめてやるよ」

 な? と、周囲に同意を求めれば、どっと笑い声が上がった。

「この極悪人!」

 チビの絶叫が海に響き、俺達にとっての初めての戦争は大勝利で幕を下ろした。


 なんだか、こうしていると、不思議な気分だった。

 出来れば次も誰も欠けることなく、なんて、ガラにもない考えが浮かぶ。


 これが組織を持つってことなのかね、と、ラケルデモンの連中と比べれば甘くてどこか子供っぽい……だけど、ようやく手に入れた俺の軍の連中を見ながら、俺も、少しだけ気を抜いて笑った。




  ――Celestial sphere第二部【Auriga】 了――

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