夜の終わりー5ー
「そろそろ、か」
煌々と照らされていた町の灯りが、港に着いた時の半分ほどに減っている。
夜通しの宴とはいえ、酒も出るんだし寝るやつも潰れるやつも少なくないだろう。市民軍の主力はアヱギーナ島に足止め中だし、今の市内には女子供の方が数が多いのもあるのかも。
それに、明日、市民軍が帰ってくるなら、その時にもこんな騒ぎはあるんだろうし、無理して二日目をフイにしたくないって気持ちもありそうだ。
「ふえ?」
お祭り騒ぎの熱気に中てられたのか、船の甲板で夜の波と海風に揺られていたエレオノーレが、俺の呟きに反応してうっすらと目を開けた。
「どうしたの?」
エレオノーレが疑問を口にする間にも、顔を布で覆ったドクシアディスや、それに続いて鎧兜も盾も装備せず、剣だけを腰に下げた兵隊が二十ばかり船室からぞろぞろと甲板へと上がってきている。
ちなみに、残りの連中は出港準備を進める手はずになっている。
「え? えっ?」
慌てて立ち上がろうとしたエレオノーレを、眉間をトンと指で押して船縁に再び座らせる。
「お姫様はお留守番と相場が決まってるだろ?」
からかうように言ってやれば、いつもの気の強い顔で迫られた。
「アーベル、悪いことは!」
「人助けだ、黙って寝てろ」
ハン、と、バカにするような強気な笑みを返し、ドクシアディス達に向かって、背後の外港都市ペイライエウスを肩越しに親指で指差す。
次々と桟橋に飛び降りる俺の兵隊。
フフン、と、一瞬だけ悦に入った目を向けてから、俺も気を引き締め、先頭に立って夜の町へと突き進んだ。
町の中では――どこでもそうだが、ガラの悪い兵士がいないわけではなかったので、俺達もその類だと思われたらしく、道を空けられるだけで、特にからまれたり他の兵士に見咎められたりはしなかった。
帰りはこうはいかねえぞ、と、楽勝気分の子分共を引き締める――が、いまいち効果は薄かった。ったく、痛い目みても知らねえからな。
門番に親しげな様子で近寄り――前と同じヤツなのか、俺を覚えているようだった――ぶん殴って気絶させて門を開ける。
俺と、あと適当に近くにいた二人が門の番をしつつ、残りが貧民街へと突入を始めた。
「急げよ、もたつけば追いつかれて酷いことになる。必要なもの以外は置いて行かせろ。船には一通りの物を積んでるんだ」
門の向こう側に向かって声を張り上げる。
流石に、門を開けたことで注目が集まりつつあった。それなりの勢力だと敵も遠目には理解しているのか、一瞬見えた兵士の影もすぐに消え――おそらく、応援を呼ばれたな。はたしてここに、即応戦力がどの程度残っているか――遠巻きに、物見高い民衆の視線がちらほら確認出来る。
居留アヱギーナ人が簡単な手荷物だけで門を潜って続々と都市内部へと進入する。
「まとまれ。兵士は、前後左右を守れ……。おい、ドクシアディスそいつが最後か?」
殿を努めたドクシアディスが子供を肩に抱えて門へ戻り、俺の言葉に頷いた。門の開閉装置に繋がる紐を切って、重い門を落とす。
やれやれ、という顔をしたドクシアディスを見てから、そのまま視線を前方で進路妨害しようとしたアテーナイヱ市民連中に向け、剣を高く掲げて怒鳴った。
「なに見てんだ! 火ぃ掛けて、皆殺しにすんぞクソ野郎!」
敵は俺の腕を知ってか――キルクスと帰った連中が上手く尾鰭付きで話したんだろう。戦場では良くあることだ――町の警備兵や民衆は、反撃するよりも恐慌状態になって四散した。
「おら、とっとと行け! 走れ!」
列の最後尾を固め、周囲を威嚇しながら掛け声をかける。
微妙に俺に感化されつつあるのか、周りを高める兵士達も囃し立て、結局大騒ぎしながら俺達は船着場へと突入し、目を丸くしているエレオノーレを他所に、いそいそと出港準備を進め――。
誰も欠ける事無く、俺達はアテーナイヱを脱したのだった。
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