Menkalinanー2ー

 足の速いのを選りすぐった囮部隊を送って、枯れつつある豆畑に身を潜める。麦作の後で豆を蒔く地域があるとは聞いていたが……。ここは、ラケルデモンよりも気候がいいんだろうな。

 なんだか……少し、懐かしいな。

 あの時は麦畑で日も暮れていたが、エレオノーレとこうして……。


「来たぞ」

 隣に陣取っていたドクシアディスが耳打ちしてきた。

「ついて来てるか?」

 囮の後方に目を凝らして訊ねるが、返事を待つまでも無くその結果が視界に入ってきた。

 兵士は、あからさまに寄せ集めと見える、正式に兵種を区別できないようなのが百人ばかり追ってきていた。応急手当の跡も見て取れる。

 取るに足りない戦力だ。

 わざわざ潰すほどの規模でもない……が、今はそうも言ってられないか。さっさと始末して引き上げなければ。

「構え!」

 立ち上がり、号令を掛ける。

 槍衾が、百の敗残兵に向けられた。

 敵の……足が止まった。抵抗を諦めたのか、膝をついたものも居る。


 捕虜に出来ないわけじゃなかったと思う。

 だが、もうそんな流れには出来なかった。戦況が、それを許さなかった。横列を組んだ兵士は、殺すことを望んでいる。俺が止めても誰かは駆け出す。ひとりが先駆ければ、すぐに全力突撃になる。

 なら、苦しまないように一息に潰すのがせめてもの情けだ。

「突撃!」

 駆け出した横隊は、槍を真っ直ぐ目の前に構え――、数秒の後に、文字通り全ての敵を串刺しにしていた。

 大勝利にはしゃぐキルクスとチビ、悦に入ったような顔のドクシアディス、エレオノーレは顔を背け、結末を見ようとしなかった。


 これで引かせよう、と、思った。

 しかし、俺の号令よりも、兵士達の動きの方が早かった。絶望的な戦場ではあんなにぐずぐずしていたのに。

 村の方に向かって駆け出した一隊。すぐに続々と兵士が後を追う。全員の流れに乗るように、俺達指導部も移動を開始した。


 村の前には、兵士の姿は無く、戸惑った何人かの村人が出て来ていただけだった。

「こ、この村には、もう兵士はいません。降伏します!」

「抵抗しません! 慈悲を!」

 入り口に立つ、何人かの若い男が、口々に戦意がないことをアピールしている。


 ぽつり、と、小さな呟きの声が聞こえて来た。

「これで、平和になるんだよね」

 そんな、終わったとエレオノーレが思った瞬間に、アテーナイヱ兵が村へと突入を開始した。


 剣で斬り付けられ、蹴転がされる若衆。村の入り口に殺到する兵士達。悲鳴が、所々から上がった。ああ、女を見つけたやつが早速はじめたのか。


 結局、こうなったか。

 それはそうだろう。窮屈な船旅の後、あんな陣地に押し込められてたんだ。怨みも鬱憤も溜まっている。 

 ドクシアディス達も、良い顔はしていなかったが、特に止めるつもりも無いようだった。どこの国民か、なんて関係ない。武器を持った時点で『兵』は『民』から別たれている。

 ドクシアディス達が、故国との戦いに躊躇しなかったのは、後が無いからでもあるが、それ以前の問題として、戦場での絶対の真実――殺さなければ殺される、という前提が目の前にあったからに他ならない。

 それに、戦地の住民の首を、討ち取った敵の首級だといって過大に戦果報告することや、たいした褒美の期待出来ない下級兵が、戦地――他国はもとより、自国の防衛戦でさえも――で略奪を行うことは、ごく当たり前の行為だ。


 善悪じゃない。

 ここには、ただ、強弱の違いしかない。

 それが、戦いに身を置くということだ。

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