Hassalehー6ー

「敵が、上陸中の味方に向かって進軍を開始しました」

 準備が済んだのは、そんな時間だった。少し手間取った、が、いや、逆にちょうどいいか。余裕を持って助けると、ありがたみを感じられないだろうし。

「前衛に軽装歩兵、中央に重装歩兵、後列に補助兵と投石兵だ」

 数が少ないのが幸いしてか、陣形を組むのは早くてスムーズだった。

「開門! 軽装歩兵、各個全速前進! 門を潜り、城門前に展開せよ!」

 門が開くと同時に俺は全力で駆け出し、まだ昨日の死体が散乱する戦場へと一番乗りを果たした。

 アヱギーナ軍を睨みつけながら、味方の到着を待つ。

 やはり、数ではアテーナイヱに分があるようだった。アヱギーナが艦隊決戦にどれだけの戦力を回したのかは定かではないが、少なくともアテーナイヱの上陸用のガレーには目立った被害はなさそうだ。もっとも、戦闘用の三段櫂船は、外港都市ペイライエウスで見掛けた時とは比べ物にならないぐらい減っていたが……。

 アヱギーナ軍四千弱に対し、アテーナイヱ軍が五千強ないし六千程度。この戦力差なら、余程拙いことをしなければ、まず負けないだろう。

「鬨、上げろ!」

 軽装歩兵が追いつき、俺の背後に横列をしいたのを確認してから、俺はそう命じた。

 が――。

「うぁ」

「おお!」

「うおぉ!」

 発声訓練をさせていなかったので、いまひとつ一体感が出なかった。戦では、盾で押し合い、槍を合わせる以外にも、大声で威嚇したり、挑発したりと、戦意を削ぐのも重要なんだが……。

 ま、何度か繰り返すうちに覚えるだろ。

 出してしまった声は戻せないので、俺は高く剣を掲げる。

 上陸中のアテーナイヱ軍を狙おうとしていた敵の目が、こちらに集中した。

 昨日の一騎討ちを覚えている敵も多かったのか、他とはまるで違う俺の長い得物を見て、敵陣の後方――つまり、俺たちに近い場所の敵が騒がしくなった。

 展開中だった陣の一部が割れ、……やはり数で押し包む作戦なのか、歩調もばらばらに重装歩兵と軽装歩兵の混合部隊が向かってきた。

「後退! 城門内へ退避せよ!」

 最前線に立っている俺を残し、軽装歩兵は、その足を生かしてあっという間に城門内へと戻り、俺も迫る敵を眺めながら悠々と城門内へと帰還する。

「どうだ? 敵は?」

 城門が締まるのを確認してから櫓の上に声を掛けると、すぐさま返事が降ってきた。

「足を止めてます。混乱してますね」

 まあ、そりゃそうだろう。昨日は似たような状況でも無謀な突撃――もっとも、あれは先遣隊がやったことで、俺達とは違うんだが、敵はそんな事情までは把握していないはずだ――をして、積極策に出ていたのだから、罠を疑うのはむしろ当然だ。

「あ! 後退を始めました! 敵が陣地へ戻っていきます」

 味方の軽装歩兵を見る。走らせたものの、距離が短いからか、息の乱れはないようだった。

「よし、次はもう少し前進するぞ。鬨は上手く合わせろよ。開門!」

 さっきと同じように俺が先行し、背後から軽装歩兵を続かせる。敵陣に動きはあったが、どちらかといえばノロノロとした動きで、またか、と、呆れた調子があるようにも感じる。

 狙い通りだ。

「おおおぉおぉぉ!」

 手本とばかりに原の置くから獣じみた咆哮をあげる。声を重ねるようにして、軽装歩兵の叫びが合わさり――二度目の鬨は大きなうねりになった。

「前進! 続けー!」

 全力で駆け出した俺と、そこから長槍ひとつ分程度の間を空けて追う軽装歩兵。

 一度目と同じで、すぐに俺達が下がると思い込んでいたのか、敵は露骨に動揺しているようだった。俺達と相対している最後尾が、列を前へと押し出そうとしてしまっている。

 よし! 崩れた!

 重装歩兵は、小回りが利かないのも難点だ。兜の影響もあるが、盾や隣り合う味方のせいで極端に視界も狭い。前の敵だけを倒していくのが、ファランクスの戦い方になる。後ずさりなんて、もっての他だ。

 予想通りといえばそうなんだが、大きく乱れた敵の戦列を見ていると、寒気がする。いつか、自分が重装歩兵を指揮することになったら、対策を考えないと、な。


「撤退! さがれ! 退け!」

 敵が充分に乱れたのを確認し、また、敵の軽装歩兵の散兵がこちらに応戦しようとしているのを確認し、俺は再び部隊を後退させた。

 距離の関係もあるだろうが、敵の軽装歩兵はすぐに追撃を諦め、重装歩兵の陣の建て直しを手伝いに入った。

 もう一度攻めてみるか? と、少し悪戯心が湧いてしまうが、ここで無理をするのはバカらしい。味方が大勢いるのに、少数の俺達ばかりが全滅したら割に合わないしな。

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