Hassalehー5ー

 昨日の夜間攻撃の成果か、はたまた解放した捕虜の話を判じかねているのか、敵の攻撃は正午を過ぎても始まらなかった。

 まともな飯を腹に入れ、ようやく万全の態勢を整え、正門付近を巡回していると、櫓の上から声が掛かった。

「このまま、いける、か?」

 ドクシアディスだった。

「油断はするな」

 昨日の一戦を終え、どこか気の抜けた調子のドクシアディスを注意する。

 結局、あの戦闘では、俺の手駒のアヱギーナ兵は軽傷が五名程度で、やや勝ち過ぎた。まあ、梯子で応戦させたキルクスの私兵は死者二十名に、重軽傷者三十四名と中々に損害が出ているんだが、根本的に二者の間に仲間意識は薄いしな。

 初陣で、戦争を舐めさせないためにも、死者を出した方が良かったか? いや、しかし、犠牲が出たことで厭戦の気分にさせるよりは調子に乗らせた方が……。


 ん? と、櫓の縁に頬杖ついて俺を見下ろすドクシアディス。

 時間さえあるなら、実践訓練でみっちりと叩き上げてやりたいところだが――。

 そんな風に、どこかダラダラしている俺達に向かって、櫓の兵士が叫んだ。

「味方です! 味方艦隊多数。浜に乗り上げます」

「敵は?」

 訊ねるとドクシアディスが浜が見える側へと慌しく動き――。

「陣形展開中」

「アーベル様」

 キルクス――と、そのおまけが、作戦小屋から飛び出し、駆け寄ってくる。つか、チビ連れてくんなよ。直に戦い始めるってのに。

「まだだ! 俺等がここに入り込んだ時もそうだったように、鈍重な重装歩兵が方向転換し、戦列を再編成するには時間が掛かる。今は、戦列を混乱させることが出来ても、数の圧力で負ける。おい! 味方の状況を逐一報告しろ」

 予想した中では、悪くない展開だ。敵と一戦し、防衛成功。ドクシアディス達に被害が殆んど無く、余計な事を言われる可能性のある先遣隊の連中は大半が戦死。

 情報操作で上手くいけば英雄だ。

 ふん、と、鼻をひとつ鳴らして集まってくる兵士達を見る。俺達が連れて来た人間は、いい具合に表情が変わりつつあった。人殺し。そんなクソ野郎になることを自覚し、そして、そんな落ちていく中でも、人は当たり前に生きていけることを悟りつつある目だ。

「砦に準備した物資、火責めに変えられませんか?」

 味方の到着の報せを聞いて鼻息を荒くしたキルクス。

 急なやる気の見せようを少し笑って俺は冷静に指摘した。

「そうしたいのも山々だが、風向きが悪い。自分達が炙られてどうする。別の手を使う。おい、敵から昨日ぶんどったアレ持ってこい。ちょっと改造する」

 壊れていない方の破城鎚が、広場に運び込まれてきた。太い丸太に、青銅の槍というよりは銛のような円錐形の先端が取り付けられていて、重さは体格の良い大人三人分程度はある。

 持ちやすいように、敵が丸太に取り付けていた杭があるにはあるが……。俺は、破城鎚に縄を巻き、振り子の要領でぶつけられるように改造していく。

 持ち手は八つに増やし、倍の八人で速度を上げる。そして、下部には木の板を微かに炙って湾曲させた、ソリを取り付け――。

「どうするんですか? それで壁を壊して予想外の方向から攻めるんですか?」

 若干、口数が増えているキルクスに俺は苦笑いで冷めた視線を返す。しかし、熱が入ったキルクスは気付かない様子だったので、口の前に人差し指を立て、やかましい、と、伝える。

 ようやく自分の行動を顧みられたのか、キルクスは赤い顔で一歩下がった。

「任せとけ。俺の指揮に間違いは無かったろ?」

「まあ、そうですが……」

 なんだか不安そうな顔のキルクスと、相も変わらず敵対視線を向けてくるチビ。危ないし邪魔だから下がってろ、と、二人を手で払い、寄ってきた補助兵に、改良した破城鎚の概要を伝えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る