Hassalehー4ー

 空は晴れていたので、竈のある小屋の方で、露天で思い思いに食事を取ることになった。もっとも、最低限の見張りは櫓に乗せているが、部隊を展開して攻勢に出るというのは意外と時間が掛かるものなので、比較的のんびりとした空気が辺りには漂っている。

 まあ、俺としてはリラックスしきれない部分はあるが……。

 調理小屋の前で、大鍋の横に立っているエレオノーレが視界に入る。向こうも俺に気付いた顔になり――。

「あの、ごはん……」

 昨日の一件を引き摺っているのか、エレオノーレの態度は随分としおらしかった。

 てっきり、態度を非難してくると思っていたんだが……。いや、俺が殴ったから、裏切られたと感じて警戒してる――もしくはその後の展開のショックが抜けきれていないんだろうな。

「ああ」

 変に取り繕う必要性も感じなかったし、自分の頭であの状況を考えて理解しない限りは俺の取った行動を納得出来ないと思うので、言い訳もせずに椀を受け取り――。やっぱり、中を見て溜息を吐いた。


 小麦のパンが一番高い食事で中々口に出来ない。ヘレネスの土地で小麦の栽培に適しているのがごく一部で、生産量が限られるし、他国から輸入しようにも価格を吊り上げ得られるからだ。

 一般的な食事は大麦の粥。んで、貧乏人は燕麦の粥に野草を入れる。

 戦場では、保存用に固く焼き締めた雑穀入りのパンに豆なんかを入れて調理する。もしくは、炒った穀類を粉にしておき、それを湯で練って食べる。

 だがこれは――。


 一口目を啜った兵士達は、皆一様に視線を地面に向けてしまった。

 吐いたヤツはいないが……いや、吐くまでも無いか、これは。

「な?」

 したり顔でキルクスに同意を求める俺。

 キルクスは、……相当に無理した苦笑いで、返事そのものは飲み込んだようだった。ドクシアディスは、露骨に萎えた顔をしている。

「え?」

 エレオノーレが戸惑ったような顔で周囲を見渡し始めたが……流石に面と向かって指摘し難いのか――まあ、この軍における立ち位置が独特だからな、コイツ――、視線を向けた先の兵士に、顔を逸らされてしまっている。

「うっすいだろ?」

 ニヤニヤしながら俺が指摘すると、曖昧な同意の声や、頷く顔がちらほら続く。

「え、だって、船じゃ海水で戻した焼き締めたパンをしょっぱ過ぎるって……」

「いや、味付けもそうだが、なんかよく分からんものをお湯にちょっと溶かしただけだろ、これ。病人の食事じゃねえんだぞ?」

 椀の中身を噛まずに一気に飲み干し、肩を竦めてみせる。

 勿論、食った気にならない。空腹だが、一応はなにかが腹の中に居るっていうか……、でも、満たされないっていうか。

「で、でも、糧秣は節約しないと……」

 おろおろして言い訳するエレオノーレを、ハン、と鼻で笑ってきっぱりと言い返す。

「そんなのは、一年後も生きてる確率が高い時だけだ。どっちにしても、今日でここからおさらばするんだから、しっかり腹にモノを詰めさせろ」

 完全に意気消沈したのを見計らって、ふ、と少しだけ笑ってから、俺は小屋の方に居る雑務兵に大声で命じ――。

「おい、輜重班! 敵の攻勢次第だが、昼は早めで、残りの食材の良いのは全部使っちまえ。おら、お前ら! 昼は腹いっぱい食わせてやるから、少しの辛抱だぞ!」

 それから、拠点内の兵士全員に聞こえるように声を張り上げた。

 途端に沸く歓声。

「ご、ごめんなさい」

 その中で、唯一人、四方に向かって頭を下げているエレオノーレ。

 ただ、エレオノーレが女だからか、それほど不満の声は上がっていないようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る