Hassalehー1ー

 かつてはあの無能な司令官が使っていた小屋でひとり、事務仕事を進める。

 雑多な書類を流し読みしながら、まずは必要な情報だけを抽出する。

 長期戦は視野にない。食料は派手に使っていいし、水も数日持てばいい。

 味方の残存兵力、自力で動けない重傷者の数、その他投擲に適した石の残量や、槍、防具なんかの残存量をまとめた書類を査読しながら、敵の攻囲陣を書いた地図に目を落とす。


 俺とキルクスの兵隊の損害は意外と少なかった。あのバカ司令官が隙を見て突撃したので、敵側がそちらに攻撃正面を向けたためだろう。カスはカスなりに役に立ったと言えなくも無い。が、先遣隊の被害は甚大だった。多分、後々には責任問題になるな。

 もっとも、雇われの俺等にはそう大きな問題ではないが、長くウロウロしてれば生贄の山羊スケープゴートにされる危険はある。


 今は、キルクスに人選を任せ、夜間の嫌がらせ攻撃をこちらから行い、敵の全力の夜襲を防いではいるが……。実の所、良い案とは言い切れない。

 五人小隊に油を滲み込ませた布を巻いた槍を持たせ、敵陣近くで着火し投げ入れる。適当に時間をばらつかせ、敵陣のランダムな位置にそれを行う。敵を削る効果は薄いだろう。だが、敵は、無視して寝ても居られないはずだ。

 今は、敵の休息を邪魔して士気を下げさせなくてはならない。少なくとも明日の午後までは、この本陣を持たせるためにも。


 ただ――。

 味方を送り出す度に篝火が増えている。送り出した連中は、八割方戻らないだろう。

 だから、基準の意思が薄い先遣隊の残存兵でその任務を実施させ、俺の兵隊を温存しているんだが……。ん、む。

 こちらへなびかないかない兵士は処分したいが、補給が不確実な今、消耗は避けたいというのも本音だ。

 そろそろ夜襲の停止を命じるか? いや、まだ敵陣全体に緊張が満ちてはいないかも。どうしたものか。

 明日の攻撃開始時刻をどれだけ遅らせられるかは……、未知数だな。逃がした捕虜の話も、どこまで信用されるか……。判断に迷い、一日……いや、せめて昼まで攻撃を延ばしてくれればありがたいが。


 こういう時……レオならどうする?

 考えなければならない。犠牲を最小限にし、自らの目標を達成し、敵に手痛い一撃をお見舞いする。そんな奇跡みたいな方法を。神頼みでなく、ほかならぬ自分自身の頭で。

 今はまだ目的地への一歩目だ。が、その一歩目を踏み外した人間に、二歩目を歩む機会は与えられない。それが、命を掛けた戦場のルールだ。

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